師走
夜の物干し台に
緋い帆布を引っ掛ける
あかいな あかい ああ あかい
師走の空は五時には黒く
かじかむ指先と
緋い帆布
地表からべらりべらりとこの町を
ひっぺがしたい衝動に
駆られるよねーってわらってしまう
剥がしたい 剥がしたいなあ 剥がしたい
わたしもあのこもあのひとも
このちっぽけな地面に居る
いたくない痛くない大丈夫わたし痛くない
いたくない居たくないわたしはここに居たくない
緋い帆布が乾いたら
星の見えない夜空を覆おう
物干し台から眺める町に
肌を刺すつめたい空気
夜の物干し台で
あかぎれとしもやけをこしこしとさする
射程距離内
最短距離で
あなたを狙撃して
あいしてるを云おう
気紛れな夕暮れが
蒼い影ですべてを覆うその前に
売れ残りの如く
安売りしているように見えるほど
軽々と振り撒く接吻が
本当は狙い撃ちだって
知らないでしょ
頬と耳と頸すじと瞼の上と
その熔ける唇とか色々だけれど
あなたにだけですので
消印捺しといて
最短距離で
あなたの場所まで何メータ
鏡面から対にして
直角三角形を描いて計算するんだよって
中学校で習いました
なんてはしたない女学校なんでございました
あなたのコロイド溶液はいつも遊んでる
愉しそうだね
ミルクもゲル化した石鹸水も
ゲルゾル云うなんて
四の五の云うのとまったく同じ
いいのよ
愉しそうで嬉しいわ
最短距離で
って銃口から狙ってる
あなたにはいつ銃弾当たるの
わたし待ちきれないの
赤い弾
黒い弾
銀の弾
白い飴玉は薄荷糖
つまり発火寸前で
わたし四の五の云っていの
あなた左右に揺れているの
狙いが定まらないじゃあないの
裂かれ続ける白いシャツ
手当てをしてくれるつもりだなんて
そんな仮面要らない
爪伸ばしてたのに
羽交い絞めにしてツパツパ摘んでしまうだなんて
綺麗に伸ばしてたのに
エナメール塗りたかったのに
ひどい
なんて侮辱なの
最短距離で
あなたの瞳の裏側に引っ越すわ
見るものすべて管理してあげる
美味しい脳漿舐めながら
命のない交わりをして
右脳と左脳の双子を宿そうと四苦八苦
ディスクに隠されたパスワードは
ハローハロー・ワールズエンド
若しくは
ベルソーレ・リェ・シューレリズーム
太陽に今晩は
解ったかしら
つまりパスは数字や文字の羅列ではないって
タッチした指紋でチェックメイト
ほら
女王になるまであと三歩のポーン
最短距離で
振り落とした左手のこぶし
わたしの後頭部に的中して
ゆっくり意識が伸び縮みする
躰はしゃんと立っていたから
誰も気付くまい
けれど
徐々に意識は薄れていく
けれど
意識なんざ素質なくても
立ちっぱなしでくらいいてやるよ
ほら
女王になるまであと三歩のポーン
最短距離で向かっているわ
霜月の公園
公園は曇った木曜日
桃色遊具や水色ブランコ
そして多角的すべりだい
静かに素早くシャッタを切る
閉じ込める四角いフレームに
公園は曇った木曜日
ことりが一斉に飛び上がって
わたしは静かにおどろいた
さっとカメラを向けても
鳥たちはもういない
公園を横切って
商店街に入る
昼間なのに街灯が点いているのは曇りだから
丸い街灯
丸い街灯 ぽわ、ぽわ、ぽわん
まるで
蛍が飛んでいるみたいに
薬局でリップスティックを買いました
くちびるが乾燥するからね
十一月だからね
曇った木曜日の公園も
下校時刻が迫ったら
ちょっと期待と緊張に輝く
やがて頬を赤く染めた子どもたちが
駆け込んでくるから
曇った木曜日の公園は
いつもいつまでも十一月
青空ロザリヲ
優しくてずるいあの子が
年をとらずに日々が過ぎる
わたしはすこし変わったよ
すこし正直になりました
心のロザリヲを手繰ります
あの子を思い出す度に
息も出来ぬ程に泣いた頃から
わたしに月日が落ちました
涙が出なくてもわらえていても
罪滅ぼしってなんだろう
手首に疵をつけないで
心のなかで謝って
死ぬほどいっぱいいっぱいいっぱい
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい
罪滅ぼしってなんだろう
わらっちゃいけないかも
えがおはいけないかも
そんなことはないかも
青空を繋げたロザリヲ
今年も一粒ふえる
花をたずさえて合掌しにいかないままに
今年は過ぎようとしています
わたしはずっと思い出しているけれど
思い出すと悲しむひとたちにはこの日のこと
差し出さないでもゆるされる?
ゆるしてくれるかな
涙の真珠のロザリヲ
微笑み浮かべてもいいかな
映してもいいかな
今年も空が青いです
十月十八日上々天気
明日もお天気は良いようです
凄い土砂降りのなかの
悪夢みたいな記憶にそっと花をかけて
いつか逢えるときまで
平安を祈ります
最後になりましたが
私と一緒に年をとってゆくみんなにありがとう
支えられて生きているとやっとわかった
愚かだった
ごめんね
安らかに眠っていてね
主よ
平安をお与え下さい
やわらかに生きてゆこう
青空ロザリヲ上々天気
マイニチ・ピープル
マイニチ・マイニチ
万が一にもマイニチ・ピープルはやってきて
挨拶をする「マイニチ・マイニチ」
新聞を取るのを止めても
ニュースを観るのを止めても
カーテンを開くのを止めても
マイニチ・ピープルはやって来る
挨拶をする「マイニチ・マイニチ」
マイニチ・ピープルはマイニチが好き
昨日と同心円の今日を描いて
あしたをトレースするマイニチが好き
だから早く寝ろってうるさい
今日のニュースは一体何だ?
今日の運勢は何座が一位だ?
ラッキーカラーは何色で
明日の運勢今週のあなた今月のナンバ
あなたの守護星は木星で
あんたの前世は犬畜生
なんでもかんでも日々流れるよ
それはもう滝のように川のように日々は天の川を滑り落ちてゆく
マイニチ・ピープルだけが嬉しそうに「マイニチ・マイニチ」
陽は昇りやがて沈む
だからなかったのと同じことになる
月は満ちやがて欠ける
だからなかったのと同じことになる
ならば
ひとは生まれてやがて死ぬ
それはなかったのと同じことに
なるのかなあ
フラッシュバック
雷鳴と落雷
稲妻が突き刺した小屋は
一瞬にして蔓ばらに包まれて
小屋のなかのひとは感電したあと窒息死
そういう大量虐殺法が何度も改良されて
石油資源がなくなったあとは
くじ引きで赤いリボン引いたひとから順番に
資源となるために燃やされることになる
生き延びるために死んでゆく人類
やがて最後のふたりがくじ引きをして
生き残るのは厭だあ
死ぬのは厭だあ
絶叫しながら黒い海に身を投げる
サイレント
平和な夜にカムバック
マイニチ・ピープルが
キーボード上を跳ねる私の指を突く
預言者ごっこはそれくらいにしておけよって
云ってるんだ
下らない夜は
ろくでなしな昼を反芻して
過半数を過ぎたら
薬を飲んで呻きながら眠るんだ
マイニチ・ピープルが
朝を連れてくるから
猫が歩いた道
きみが海辺育ちだってこととか
きみが山で遊んでいたこととか
満天の星空が広がっていたこととか
何にも知らない
わたしは
何にも知らない
細道でみつけたねこ
一匹ぼっちのねこ
と
ひとりぼっちのわたし
ねえ
どんな道を通ってきたの?
あの塀の上をきたの?
あの屋根にも昇った?
わたしは
何も知らない
ねえ
引っ掻いて傷付けてよ
ねえ
ねこなんだからねこらしく
ざりっと爪立ててよ
甘いミルクが好きなのね
それもねこだから
そっぽ向いているのも
それもねこだから
ねえ
同じ道を歩きたい、の
わたし
080723
望みは
望んだものはちいさな錯覚
花束も祝福も要らないちいさな錯覚
ただそれだけ
グラスの水も飲み干せてしまうような
不確定な曇りの昼下がり
虚無の色をした空が窓の向こうに広がっている
道端で摘んだ野草をグラスに生けながら
唇をちいさく動かす
のぞんだものはちいさな錯覚
のぞんだものはちいさな錯覚
ゆめのなかなら五秒で過ぎる風景が
一時間半以上も連なっている風景画
誰かがいるならば
あたまを撫でられて終わったであろう想いが
ひとりでいると
罪滅ぼしという脅迫を名乗って
天井いっぱいに広がる
卵を割ったら黄身がこわれてしまって
なんの因果であろうかと想いをめぐらす
罪が多すぎてわからなくなってしまった世界
いつからこの場所に立っているのであろうかと
ふと周りを見回すと辺りは焼け野原
空は相変わらず虚無の色をしてその場にフードを被せ
ゆめのなかでなら五秒で捨てるインヴェンションを
希望という蝋燭を頼りに繰り返すサクセッション
目玉焼きをどうぞ
黄身もきっちりと固焼きです
気が付くとキッチン
壁に掛かっている版画とお話していました
あげは蝶が飛び込んできて慌てて蝋燭を吹き消した
真っ暗な闇のなかで
この空間の何処かにあげは蝶がいることの恐怖に
身が凍る
のぞんだものはちいさな錯覚
何も考えないでいいような気がしてしまうほどの
幸福の雨が降っていると
そう思って心が宙返りするような
曇り空を眺めてそういう錯覚をしようと努めた
午後四時半の短針が折れた
未来宣言
夜の帷が
霞雲になる頃には
蔑みの瞳に憐れみを
哀しみの帷に微笑みを
痛みの消えない背中には
引きちぎられた羽根の痕が
契る
ねえ 何処へゆこう? というよりは
何処ならゆけるかな?
春曜日の早朝
羅紗の衣を羽織って
出掛ける
朝のカナリヤ
カナリヤは
唄を忘れて幾数年
かなしみわすれていく年月
正す
ねえ 何を歌おう? というよりは
何なら歌えるかな?
安っぽい言葉並べてまた嘘吐き娘に戻る
眺めている感情のない吐息
紫月の午前は
白い心が汚れない
悟る
ねえ 何をしよう? というよりは
何なら出来るかななんて訊くのは莫迦らしい ぜ
息をしろ
そして生きろ
いつか爆弾が落ちたあと
ばらの雨降り注いだ
焼け失せた街の瓦礫
この血に
この地に
みゃくみゃくと流れているあの焼け跡の記憶を
語り継ぐため
契る
さあ
息をしろ
そして生きろ
どんな圧力でも受け止めて
護るため争うような愚かさを脱ぎ捨てて
僕らの未来は歌いながら
生きろ
と
知らない唄を歌いながら
いつも 生きろ
と
20080626
洗濯日和
ぴんと張ったロープ一面に 白いシャツがはためく
ずらりずらりと並んで 青い空にはためくシャツたちよ
一番端の 白いシャツには 赤い天使がわらっている
真ん中らへんの すこうしばかり小狡い一枚には 銀の鎖が引っ掛かる
斜め下の小さなシャツには 優しいキスを!
なんという洗濯日和だろう
かあさんも満足そうだ
ねえさんも満足そうだ
赤ん坊も今夜は 陽の香とヴィタミンのなかで眠れるのだろう
青い空も満足そうだ
黒い鳥も満足そうだ
なんという洗濯日和だろう
洗濯機も満足そうに
ぐるぐると回っている
かあさんがシャツを脱水機にかけて
ぎゅるりぎゅるりとハンドルを回すのは
末のいもうとだ
みんなが今夜は日光と ヴィタミン豊富に眠れるだろう
ロープを引っ掛けた 庭の樹木も今夜は
酸素と二酸化炭素を巧妙に 呼吸しながらまどろむだろう
洗濯日和の楽しさや
粉洗剤の箱とコーンフレークの箱が双生児
かあさんは調子にのってパンケーキも庭で焼く
ねえさんと妹たちは歓声をあげて糖蜜をかける
赤ん坊の木陰の揺りかごに栗鼠たちがそっと近づく
なんという洗濯日和だろう
洗濯日和の楽しさや
みんなが今夜は日光と ヴィタミン豊富に眠れるだろう
080430
しみるわ
指先が切れて しみるわ 海水が
口唇が切れて しみるわ 檸檬が
傷が開いて 風が通り抜けて しみるわ 心が
君がなにも云わずに投げた 目つきが しみるわ
雑踏のなか 追い越されてゆく後ろ姿 しみるわ
何を妬んでいますか
何故優しくなれないの
心が しみるわ
わらい声とともに 落っこちてきた ことばが しみるわ
お酒の席で 飲み干したけれど やっぱり しみるわ
何を傷付いていますか
何故優しく出来ないの
心が しみるわ
少年の眼に戻る君の光が しみるわ
煙草を吸って横を向いたけれど 眼が痛い しみるわ
私の欠如を通り抜ける 春風 しみるわ
眠り
寝台に沈み込むわたしのうえに
窒素と酸素と僅かなる毒素が降り積む
わたしは瞼の裏にひやりとした情を感じて
誰かが柱時計のなかに隠れているのではないかと
思い巡らせながら
降り積む酸素を浴び呼吸する
静かに上下する胸部よ
百年前に
泥沼に沈み込むわたしのうえに
丁度今日と同じように
降り積んだ粉雪に想いを馳せる
つめたかった
沼は柔らかくわたしを孕み
わたしは新しいわたしへと旅に出た
彼方に輝く三日月よ
百年前に
今日を夢にみていた
わたしの脱け殻に想いを馳せる
炎の夏の戦火痕
この惑星はすべてをおのが身に
刻み付けるように記憶し続ける
永久の物語を読み上げてやろうか
永久の物語がききたいか
さあ
眠りよ、立ち上がれ
080101