出店者名 夢想甲殻類
タイトル 輝く瞳に夜の色
著者 木村凌和
価格 100円
ジャンル ファンタジー
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紹介文
 その夜、竜は恋をした。
 竜を召喚する女と、召喚される竜をめぐる情念。
 第70回〜84回フリーワンライ作品集短編連作。

 オフィーリアが竜を召喚したらしい。ざわめく食堂のさざめきが、全てそれを話している様でジュリアは頭を振った。向かいに座る三人、両隣に座る二人から、すかさず訝しむ視線が刺さる。
「どうしたの、ジュリア」
 口に出したのは向かいに座るキャサリンだった。絹糸の様な細くしなやかなくすんだ金髪は少しばかりほどけていても、彼女の清廉さは際立っている。互いの両隣に座る二人が――六人掛けの机で昼食をとる六人のうち二人が、ジュリアとキャサリンを横目に見ながら食事を再開する。木製のスプーンが木製の器を擦る鈍い音を聞きながら、
「なんでもないの。ありがとう、キャサリン」
 ジュリアは笑顔を作った。キャサリンは口元だけ笑って頷く。口角が少し引きつっている。
 私だってそうに違いない、思い至って、ジュリアはパンを自らの口へ押し込んだ。口の中はぱさぱさに、からからに乾いていて食欲なんかなかったが、そんな素振りを見せるわけにはいかない。ここではほんの少しの弱味も命取りなのだ。水でパンを押し流し、さらさらするばかりのスープを流し込んだ。お先に。五人のうちの誰に言うわけでも無いが断って、ジュリアは空の食器を手に席を立った。
 オフィーリアが竜を召喚したらしい。すれ違う女達が皆そう言っている様に聞こえる。
 なんでもない。なんでもない。ジュリアは言い聞かせた。確かにこの修道院に似せた建物は、女を集めて竜の召喚をさせるためのものだ。そして確かに、昨夜、獣の声を、誰も聞いたことがないに違いない、忘れがたい呻り声を聞いた。そして確かにそれは、他の女――ジュリアもキャサリンも含む女――より何歩も前を行っているオフィーリアに与えられた塔から聞こえた。彼女は竜を召喚したに違いない。直接見たわけではないから、確実ではない。だからまだ、これは確定ではない。だから、なんでもない。なんでもない。
「どうしたの、ジュリア」
 ジュリアは声にはっとした。階段を下りていたはずが上っている。振り返るまでもなく、声はオフィーリアのものだとわかった。だからジュリアは階段に片足を掛け、手すりを握ったまま動かずに、
「なんでもないの。ありがとう、オフィーリア」
 声は自分でも驚くほど感謝の気持ちがこもっていた。オフィーリアが、そう、言った声のなんてぶっきらぼうなことか。


竜をめぐる愛憎劇
少女たちに竜を召喚させるための施設を舞台に、
それぞれの登場人物たちのプライドや、愛や、陰謀が絡み合い、
大きなうねりとなって収束していきます。

人と竜。誰もが強い想いを持ち、皆がただ、自らの信念感情に従ってまっすぐにぶつかり合う。
そんな登場人物たちには否応なしに惹き込まれますし、
彼ら彼女らが巻き起こす激しい展開には胸を揺さぶられます。

ファンタジー世界で繰り広げられる激情のぶつかり合い。
一読の価値があると思います。
推薦者第0回試し読み会感想

推薦文
 オフィーリアが竜を召喚したらしい。
 修道院を騙り、女魔術師だけを集めた施設の目的は竜の召喚だった。女たちの焦りと嫉妬、疑念と熱情が渦巻く中、ある噂が流れる。『オフィーリアが竜を召喚したらしい』噂をきっかけに動きを始める陰謀と三つの愛憎。
 ファンタジーでありながら、登場人物の感情を描くことに重点をおき、感情のみせるみにくさとうつくしさを伝えることを目指した。
 14編の短編連作。フリーワンライ作品集。
推薦者木村凌和