高橋が死んだ。殺されたのだという。今朝から教室はその話題で持ちきりだった。 扉を開けて中に足を踏み入れると、ざわざわと騒ぎ立てているクラスメイトたちの姿が視界に飛び込んできた。数人で集まって立ち話をしている者もいれば、机に座って嗚咽を漏らしている者もいる。 教室のほぼ中央、高橋の机の上に飾られている白い菊の花。それはまるで造花にも似て不自然に凛と佇み、高校の教室という空間からは完全に浮いているように見えた。ただ立っているだけで汗が流れ落ちるほどの暑い夏の日に、けれどもその場所だけは何処か冷えた空気をまとっていた。 ちらちらと、それがまるで高橋自身であるかのように、時折クラスメイトたちが白い花へと視線を泳がせている。 (嫌なものを、見たな) 和泉は少しだけ眉を寄せながら、それでも無関心を装って自分の席へと向かった。教室に入ってから窓際の指定席に座るまで、和泉は誰とも視線を合わせようとしなかった。言葉を発することもない。同様にクラスメイトたちも誰ひとりとして和泉に声を掛けてはこなかった。もしかしたら視界にすら入っていないのかもしれない。自分が本当に存在しているのかどうか、和泉自身でさも疑問に思ってしまうほどだった。高橋の机の上に飾られた、偽物の造花のほうがまたマシだ。ぼんやりとそんなことを思った。 カバンを下ろして静かに椅子に腰かけた。そうして心を落ち着けていると、クラスメイトたちの断片的な言葉が次々に耳に飛び込んできた。 廃墟の屋上から。自殺か。昨日の夕方。突き落とされた。飛び降りて。どうして。誰が。何のために。 和泉は今朝はテレビの電源を点けていない。そのため朝のニュース番組でどのような報道がなされていたのか、そもそも高橋のことが報道されていたのかどうかさえ把握していない。それよりもきっと、昨日の昼過ぎに亡くなったという大物俳優の生涯についての特番が組まれていたのだろうと思う。 しかし地方新聞の社会欄はその片隅で、かろうじて高橋の事件を報じていた。
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