第一幕 居候猫と新たなる居候
その日、マオはいつものように夕方の散歩を楽しんでいた。 人並みに紛れるようにしてふよふよと浮きながら、道行く人を眺める。楽しそうな人、悲しそうな人、急ぎ足の人、のんびりと歩いている人。皆それぞれ違っていて、見ていて飽きない。直接はかかわれないものの、そうやって周りの人々を眺めることが、マオは好きだった。 でも、そろそろ戻らなければ。好きな番組が始まってしまう。公園の時計を見てそう思うと、隆二の家に戻ろうとし、 「ちょっと、そこの幽霊のお嬢ちゃん」 丁度その時、右手からそんな声が飛んで来た。 穏当ではない声のかけられ方に勢いよく振り返ると、一人の青年がそこにいて、 「そうそう、お嬢ちゃん」 マオを指差しながら、にっこりと微笑むと続けた。 「神山隆二っていう名前の不死者、知らない?」 『いっ』 マオはその言葉を理解すると、咄嗟に叫んでいた。 『いやぁぁぁぁっ!! 不審者ぁぁぁぁ!』
神山隆二は、いつものようにコーヒーを飲みながら本を読んでいた。 元々彼にとって本を読むのは、暇つぶし程度の意味合いしか持たなかった。しかし、ここ最近、居候猫が居着いてからはどたばたしていて潰す暇が存在しない。そうなると、時間を作って意地でも本を読みたくなるから不思議である。居候猫の散歩の時間に、一人静かに本を読むのが、今の彼の密かな楽しみであった。 『りゅぅぅぅじぃぃぃぃ』 遠くから、居候猫の鳴き声が聞こえる。 時計に視線を動かすと、午後五時半になろうとしていた。居候猫は午後五時半から始まる、特撮ヒロイン物、疑心暗鬼ミチコの再放送をとても楽しみにしている。 毎回毎回、よく丁度の時間に戻ってくるよなぁ。そんなことを思いながら、片手を伸ばしリモコンを手に取る。スイッチをいれる。再び本に視線を落とす。もうちょっとで読み終わりそうだから、邪魔しないで欲しいなぁ。 『りゅーじぃー!! たぁいへんー!』 窓からぴょこっと居候猫の顔が生える。 「テレビならつけたぞ」 本に視線をやったままそう告げると、 『そんなこと! どうでもいいよぉ!』 マオが隆二の目の前で両手をばたばたさせながら叫んだ。 「は?」 思わず本から顔をあげる。 どうでもいい? マオが疑心暗鬼ミチコのことをどうでもいいだと? 彼女の中でひょっとしたら隆二よりも格上の、疑心暗鬼ミチコのことをどうでもいいだと?
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