出店者名 ヨモツヘグイニナ
タイトル しろい庭のむすめ・上
著者 孤伏澤つたゐ
価格 800円
ジャンル ファンタジー
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紹介文
「おれの剣?」

「そうよ、いまはあなたの剣よ」

「これがあれば、おれも強くなれるかな」

「強くなるには、無茶をするのを我慢しなくちゃならないのよ」

「言ってる意味が、よく分からない」


2015年9月に文学フリマ大阪にて頒布した『幼神』と同世界観の物語です。
(こちらを読んでいなくても読めます)
既刊『ゆめのむすめ』とは無関係のお話です。
上・中・下三巻での刊行を予定しています。

 手をひっかかれながら、イードは猫の頭をていねいに撫でた。
「棲むところが決まらないと、いきものは飼えないな。働いて買え」
「はたらく、って?」
「ここでならおまえも、働いて金を稼げるだろう」
「人間がすることだよ」
「ここではおまえは、人間だよ」
 イードは不思議そうな顔でタイスクルを見あげた。
「おまえはここで、猫を飼ったり、鉢で草を育てたり、そういうことをする」
「アルシャは?」
「アルシャだってそうだよ。猫がほしけりゃ猫を飼えばいい、花でも木でも鉢植えにすればいい」
 イードは立ちあがり、みみずばれだらけになった手でタイスクルのおおきな手を握った。
「アルシャは猫の代わりにおれを飼ってくれるかな」
「ばか。おまえは畜生じゃない、人間が人間と一緒にいるのは、暮らすというんだ」
「暮らす……? 暮らす」
 少年の朱いくちびるが、舌ざわりをたしかめるように何度もその語をつぶやいた。
「タイスも一緒?」
「俺はロイデンスマルトに帰る」
「あの女の人と暮らすの?」
「そうだよ」
「――壊してしまうかもしれないのに?」
 それまでの無邪気さをとりはらい、イードは紅い瞳に切実さをゆらめかせた。薄暗い不安にとりつかれている顔。いやなうつくしさだ、とタイスクルは思った。
 踏みこんだ部屋に打ち捨てられていた少女の死体。口を血まみれにしたイード。問いただすまでもない惨事。――おのれの欲のかたちを直視したのだ、と、少年は明確な言葉を使わなかったが、打ち明けた。
「そうだよ」
 沈鬱にならぬよう、タイスクルは注意して首を振った。
「一度、俺はおまえに言わなかったか。人間は欲を制御できるいきものだって」
「聞いた」
「だから俺はロイデンスマルトに帰る。サリィヤのいる家に帰る。――おまえも、アルシャといていいんだ」
 強く手を握りかえして、引っ張る。
 そこかしこの飲食店が店を開けはじめて、往来にはいいにおいがただよっていた。腹が減った、と思ったら、少年がおなじことを口に出した。
「ほら、いこう。金が入ったから、なんでも好きなものを食わせてやるよ」
 にぎわっているほうへ、二人はむかう。
 だれかと街を歩くこと、飯を食いに食堂へいくこと――生活を、これからこの少年がおぼえてゆけるように、タイスクルは願った。
 男にあわせて少年が踏み出した一歩は、大きかった。