『胸のひらたい、おんなのこ』より(えも)
小学校のころ、保健の先生に服を脱がされたことがあった。小学二年生のころだろうか、熱をだして、だるくて保健室に行ったら体温を測らされて、ベッドに横になっていたら先生がキスしてきたのだ。「小さい子は儚くていいよね、私儚いのが好きだから、胃がんになっちゃった」といいながら私のポロシャツを脱がせたのだ。 「私、にしゅうかんごに保険の先生じゃなくなるんだ。ほかの先生には田舎にかえるって言ってるけど、本当は入院するの、余命二週間だから」 「先生しんじゃうの?」死を実感できない私はデリカシーのない質問をした。 「うん、しんじゃうの。でもふしぎと実感がないの、家族にはいたわれてるけども、なんだか裸でプールのなかで体育座りしてる気分なの、なんだか可笑しくてからわらいしちゃうの」 そう言って先生はグラウンドを見ていた。先生は泣きぼくろが左目にある。私の好きなまんがの主人公も、泣きぼくろがある、そのキャラはよく泣く。そして私のお尻にはホクロがある。
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『近視の満月』(オカワダアキナ)
近視で乱視だから世界の輪郭はあやふやだ。タバコを買うにも難儀。商品名ではだめだ、番号が必要だ。 「月がとっても青いから」 歌いながら歩くきみに青くないよと言うと、そういう歌詞なのだと笑われた。煙は細い。 「あれって満月?」 月だってつねに朧。細い月なら分身し、満月は一晩で終わらない。けれどこんな時間に沈みきらずにいるのだからきっと欠けている。 「好きだよ」 郷里に帰ることが決まってから殊更にそう言うきみのずるさがわたしは好きだ。会えなくなったらこんな日々をきみは忘れてしまうだろう。きみの輪郭は刻々と変化する。 「満月だね」 わたしたちにとっては。お祈りみたいに答えてみる。 新しい眼鏡を買ってきみを捕まえにいく。
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