出店者名 新天使出版会(ヤミークラブ)
タイトル 寄宿舎BLアンソロジー「僕はここから出られない」
著者 宇野寧湖、まゆみ亜紀、ゆみみゆ
価格 700円
ジャンル JUNE
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紹介文
A5オフセット印刷、ベルベット加工、箔押し。
本文モノクロ64頁、 BL、成人向け。

寄宿舎を舞台にした、少年たちのBL小説集。
透明な精神を持つかれらにとって、
「愛すること」よりも「傷つけること」のほうが簡単で、
「生」よりも「死」が近い。
束縛をテーマにした耽美な作品です。

【執筆者】宇野寧湖・まゆみ亜紀・ゆみみゆ
【イラスト】近衛祐
【全作品の本文サンプル】→ https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=7844108#3

ゆみみゆ「むしかご」

 学校の廊下に、脚が片方落ちていた。
 これは、とセルジュはその白くなよやかな片脚を拾い上げた。おもちゃみたいな膝蓋骨、木の実のようなくるぶし。
初年生か。
「セルジュ」
 立ち止まってしまったセルジュを、オスカーが振り返った。手にある片脚を見て眉をひそめる。
「誰だ。その脚」
「さあ。若いから初年生だろ」
「若いって。老人みたいな言い方するな」
 オスカーが苦笑した。かすかに上がった口角までもが、ほんのりとした紅色だ。
「放っておけセルジュ。誰かが拾うだろ」
「そうだな。しかしまあ、こんな初年生までがやっているのか。?むしとり?」
 先を歩くオスカーが、肩越しにセルジュを見た。青水晶色の瞳が細められる。
「お前が言うか。セルジュ」
「え?」
「みんなお前を欲しがってる」
「……君は? 君はもう、俺が欲しくない?」
 ふん、とオスカーが笑った。不敵。セルジュの奥底が、ぞくりと疼く。
「神のみぞ知る」


 G校の校舎は、もとは王族が住まう古城だった。とはいえ、中央政権から脱落、もしくは放逐された王族の面々を半ば幽閉するために造られた城だ。そのせいか、人里離れた緑深い山間に建っている。
 校舎も礼拝堂も、すべて堅牢な石造りだ。古い石壁は一面が苔むしており、果たして石の中に棲んでいるのか草の中に棲んでいるのか、見分けがつかないほどだった。
 数多いる少年たちはある日ふらりと入学し、一定年数修学し、そして随時?卒業?していく。G校には催事がない。クラブもない。他校との交流も一切ない。少年たちはG校の敷地内に入るや否や、「生徒」となるだけだ。
 四角い窓が穿たれた石の中を、整然と入っては去って行く。そんな生徒たちの群れは羽アリの巣を思わせた。
 そんな古城の廊下を歩くオスカーとセルジュの姿を、生徒たちがいっせいに振り返った。飛び抜けて優秀。たまに見せる笑みは、美の女神の果実の滴り。二人は生徒全員の憧憬の的だった。

(他、二作品)


BLを審美せよ
「猟奇的・暴力的・性的表現を含みます」ということは、
まずエクズキューズとして書いておかなくてはならない。
これは推薦文だからだ。
推薦文は「おもしろいか」「おもしろくないか」一次元で表すものではないと思っている。
それよりは、二次元、三次元、あるいはそれ以上の多次元空間の趣向において
「こういうひとに向いてるよ」「こういうひとに読んでほしいな」と、
ベクトルを与えるもの、それこそが推薦文だと思っている。

さて、本書「僕はここから出られない」は、
どういうひとに推薦すべきであろうか。
「寄宿舎BLアンソロジー」と銘打たれているとおり、寄宿舎を舞台にしたBLだ。
BLとは、ボーイズラブの略、男性同士の、主には少年同士の性愛をテーマにした
文学の一ジャンルである。
かつて私もBLの文芸同人誌ばかりを集めた「BLフェア」というものを企画したことがある。
その際、購入された方は9割以上が女性だった。
BLは、女性だけが読むものであろうか。
仮に男性が読むとしても、少なくとも内包する女性性において好まれ、読まれるものだろうか。

これは反語である。
優れたBLはセクシャリティを問わない。
優れた小説がジャンルを飛び越えるのと同じくらい、当たり前のことだ。
もちろんBLによっては、限られた輪のなかでだけ好まれ読まれるものもある
(決してそれが悪いというのではない、むしろ王道だろう)が、
輪を飛び越える例外作品もある。
この「僕はここから出られない」は、そのタイトルに反して例外作品かもしれない。

美しい書籍なのである。
男性同士の退廃的なつながりが美しい。
ゆみみゆ・宇野寧湖・まゆみ亜紀の三名の方が
それぞれ短編を書かれた作品集なのであるが、
ひとりひとりが「美しい」という要素を解釈し、適切な表現を吟味して書かれたものであるように見える。

ゆみみゆ作品「むしかご」は、
ともだちの身体をちぎって自分にくっつける<むしとり>というあそびを耽美的に描いている。
宇野寧湖作品「湖畔の記憶」は、
ブーブリーという未確認生物にまつわる秘め事を
多重に組み込まれた伏線をほどきながら語っている。
まゆみ亜紀作品「スピラ」は、
スピラという器官を持ちやがて兄にその身体を捧げなくてはならない少年の懊悩を
衝撃的なラストシーンで飾る。

どれひとつとしてハッピーエンドはない。
だから「僕はここから出られない」なのだ。
物語は終わらない。
続きは読者に託されている。

この作品を選ぶひとは、きっとそれだけの審美眼を持っているひとだと思うから。
推薦者あまぶん公式推薦文