【君を幸せにしてあげる】(サンプル) 「パーティーなんて無理だってば、ケイ! ほんと、勘弁して!!」 槇は髪をかきむしりながら、桐嶋に懇願した。彼は「諦めろよ〜、えらい先生からお前に指名があったんだから」と苦笑する。 桐嶋の家に転がり込んでもう半年だ。生活費ギリギリの奨学金生活を続ける槇を、見かねて家に引き取ってくれた。ファミリー向けの高級アパートだから、部屋はいくつも余っている。そこに居候させてもらうことになった。いつの間にか呼び方も「桐嶋先生」から「ケイ」に変わった。男同士の奇妙な共同生活だが、桐嶋は家事も得意で、不器用な槇の世話を焼いてくれた。 いつもなら、槇のすることには寛容な男だったが、今日の出版パーティーの出席の件だけは譲らなかった。トラウマ治療の重鎮が、最新の文献を出版したので、パーティーではそのお祝いをするのだ。もともとは桐嶋の宛名で招待状がきていたが、手書きで「君のところのDr.マキもぜひ一緒に」と書き添えてあった。 「お前ね、いい加減、売り込みってもんを覚えなさいよ。わざわざ、有名な学者が気に入ってメッセージくれることなんてないんだよ〜? このチャンス活かして、どっかの部局の研究員にでも、ねじこんでもらえって」 「人間向き・不向きがある! 俺は向いてない」 「だーかーら、隣に立ってたら、僕が代わりに売り込んであげるから。いい子にしてよね」 笑いながら、彼はクローゼットからスーツを出すと差し出した。 「サイズ、そんなに変わんないでしょ? 貸してあげるから」 「ケイのスーツなんて似合わない。ケイは花もシャンパンも似合うよ。パーティーピーポーだ。でも俺は……」 「大丈夫だって、ほら、髪もあげたらさ。お前、きれいな目をしてるんだから」 さっと彼の長い指が槇の前髪を持ち上げる。あらわになった瞳を覗き込まれ、赤面して目を伏せた。すると、桐嶋はクスッと笑って言った。 「ここはアメリカだ。逃げ隠れせず、堂々と顔を出してろよ。もう、お前の〈お父さん〉を怖がんなくていいんだって」 〈お父さん〉の言葉に体がビクリと震える。彼は槇が胸に隠している〈お父さん〉に関するトラウマを知っている。あえてトラウマに言及することで、巧みに動揺させながら、優しく諭すように言う
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