出店者名 眠る樹海堂
タイトル 鍵が見つかりませんお月様。
著者 土佐岡マキ
価格 300円
ジャンル 大衆小説
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紹介文
世話焼き同居人×大雑把OL
罵られながら自宅の鍵を探す日常ミステリ

三月のある日、帰宅したみちるは、家の鍵がないことに気づく。道端で落とした? 会社に忘れた? 取り敢えず同居人、早く帰ってきてください。凍えて死にそうです……というところから始まる失せ物探し。
問題編でじっくり粘るもよし、解決編までさっくり進むもよし。そこそこフェアな謎解きです。

文庫判/48ページ
現代/日常ミステリ


くしゃみが二回、閑静な住宅街に響く。身を震わせながら途方に暮れて吐いた息は、もう白くはなかった。
 夜空に浮かぶ寒々とした色の満月は、かれこれ二時間ほど前から私のことを見降ろしている。月光は変わらない素っ気なさ。闇の中で私を浮かび上がらせる温かみのない光が、スポットライトのように孤独を浮き彫りにする。
 ふと覚えた寂寥感に耐えきれず、私は一人玄関先にしゃがみこんだまま、うう、と情けないうめき声をあげた。両腕に顔を埋めて、しばらくするとまた顔を上げて。そんな無意味な動作を何度も繰り返しては、依然として変わらぬ現状にため息をつく。
 一人で美しい月を仰げば、じわりと視界がにじんだ。
 かの有名な文豪・夏目漱石が『I love you』を『月が綺麗ですね』と訳した逸話は、(実話であるかどうかはさておき)有名である。しかし、いくら月が綺麗でも、分かち合う相手がこの場にいないのなら意味はない。
「月が綺麗ですね」
 もし会えたのなら一番にそう言いたい相手を思い浮かべる。いや、最早、『会えたら』なんて願望に縋っている場合ではない。今すぐに会いたいのだ。もし会えなければ、私はじきに死んでしまうだろう。
 これは決して大袈裟に言っているわけでも、比喩でもない。
 長々とセンチメンタルにひたっていた所為で思い出すのが遅れたが、実際のところ、夏目漱石だのアイラブユウだのについて、暢気に考えている余裕などないのである。
 帰宅後、玄関のドアの前で同居人の帰りを待つこと既に二時間。少しでも暖をとろうと指先をこすり合わせるが、感覚はほとんどない。
 今の私を脅かしているのは、心に吹く風などという精神的なものではない。現実で私の体温を奪っていく冷たい風だ。まさに今、冬も顔負けの強い冷気に頬をなぶられている真っ最中なのだ。
 三月よ、まがりなりにも春と名乗るからには、それ相応の態度を見せて貰わなければ困る。決して雪など降らせてはならないのである。
 月明かりの下ついに舞い始めた白い結晶を睨み付けていると、風の混じった雪はだんだんと激しさをましていく。今年の3月はなかなかに反抗的だ。
 さて、私はあと何分で凍死するだろうか。


はらはらのちキュン? な日常+ラブなミステリー
家の鍵を忘れて家に入れない……子どもの頃、誰しもが一度は体験したであろうシチュエーションから物語は始まります。
さてはて、家に帰って探しても鍵がない。どこにやったの?
しっかり者の同居人エイちゃんに叱咤されながらの失せ物探しの行方は?

良い意味でなんてことはない失せ物探しのライトタッチミステリー。
なんてったって魅力的なのは強面で素っ気ない態度のしっかり者でありながらおっちょこちょいのみちるを温かく見守る同居人エイちゃんと、そんな彼にしっかり甘えているみちるのキャラクター。
短いお話に切り取られた日常の中に、このふたりのニヤニヤ感がぎゅうっと詰まっているのです。
一緒に鍵のありかを推理するもよし、素直に読んで解決編でなるほどーと納得するもよし。
キュートなふたりにニヤニヤきゅんきゅん間違いなし。
推薦者高梨來

フェアな日常ミステリ
鍵をなくして閉め出された、ところから始まるフェアな日常ミステリ。ミステリ成分とともにニヤニヤ成分もたっぷりです。みちるのざっくりした性格が可愛く、何だかんだ言いつつそれを放っておけないインテリヤクザ(※彼氏)もかっこいい。装丁もお洒落で、土佐岡さん作品の導入としておすすめです。
推薦者凪野基