キタキチョウ Eurema mandarina
北国の春は遅い。東京で桜が咲く頃、こちらではようやく雪解けの終わりを迎える。いくら暦の上では春だといっても、吹き抜ける風はときに身を震わせるほど冷たい。 けれど、と俺は隣を見た。 冷たい風に鼻先と耳を赤くして、彼女がほわりと笑っている。手を繋いでも手袋越しの冬はつまらない。真冬よりも一つ薄手のコートで歩くこんな日は、彼女との距離が自然と近くなるからありがたい。偶然を装って手が触れても、不自然じゃない。 だから俺は、春が大好きだ。
(略)
物心ついたころから昆虫が好きだった。愛読書はカラー写真がたくさん載った大判の図鑑で、暇さえあれば虫取り網を持って外を駆け回っていた。小さいころは、物知りだとか虫博士だとかなんとか、持ち上げられてきたものだった。 同級生からのその言葉が、からかいの意味を帯びてきたのはいつごろからだったろうか。 虫好きな俺はどうやら『変わり者』らしく、皆の中から徐々に浮いていった。いくら鈍感な俺でも、自分が『いじられる側』だということは程なく感づいて、学校は息苦しいだけの場所に変わった。高校に入ってからは教室にいる時間ができるだけ少なくなるよう、放課後は逃げるように部活に向かうようになった。 他人と関わるのを避け続けていたある日、真っ向から俺を認めてくれたのが、彼女だった。 『私はあなたのこと、ちゃんと見るよ』 ――虫のことを懸命に話すあなたは、とても一途。それは自分にはないものだから、羨ましい。 彼女はそう言って、心を凍らせて冬眠していた俺を、春へと連れ出してくれたのだ。
(続く)
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