「メフィストっ!」 納の声に、昼間の声が呼応した。 「時よ止まれ」 落下している女の体が、地面から一メートルのところで停止した。 背後にゴシックドレスの女が立っていた。 「メフィスト……」 メフェイストは肩を竦めた。 「呼んでしもたか」 納は息を吐いた。 「ありがとう……助けてくれて」 「助けたのは君や」 メフェイストはため息を吐いた。 「契約が、成り立ってしもたからな」 「え?」 「心臓の上を見てみい」 納は慌てて上着をはだけた、浮いた肋骨の上、心臓の真上に。 666の刻印があった。 「これで、私は君の下僕しもべとなり、君は私の下僕となった。私が死んだら、君も死ぬようになってしまった。そして、君は今後、齢を取れない。悪魔と契約した”呪い持ち”は契約した年齢の儘、死ぬまで過ごす。もう、マトモな生活は望めまい」 納は返答した。 「僕が今後マトモな生活を送るために、誰かを見殺しにしたら、それは正しい事じゃないと思う」 動揺していた。 今後の人生はどうなるのかと恐怖していた。 しかし、納の中では。 『正しい事』の前では、納の心など些事だった。 「正しければ、何をやったってええんか君は」 「僕は、じゃない。それが人間というものだろう」 メフェイストの表情が悲しげに曇った。 「悲しい人生を送って来たんやなあ。誰一人、君の為にはほかの事なんてどうだっていいって言うてくれへんかったんやなあ」 「みんなそうじゃないか」 「みんなそうじゃない。まあ、議論はしまいや。時を動かす。その女の子を受け止めたげ」 納は落下してきた女を抱きとめた。
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