眼前に開けた光景に、思わずアクハは感嘆の声を上げた。 それは、まるで巨大な鏡のようだった。遠浅の海。広大な砂浜は澄んだ海水に薄く覆われ、赤紫の夕空とそこに浮かぶ鉛色の雲を、そっくり水面に映し出していた。 そら恐ろしいほど幻想的な光景だ。砂丘(デューン)の上で馬を止めた妻の傍らに、アゼルヴリスが馬を寄せてきた。 「どうだ、美しかろう」 ノーサンブリア王は、宝物を見せびらかす少年のように得意げに言った。 「これが余のバンバラだ」 北海のほとり、旧バーニシア王国の都バンバラ。アゼルヴリスは、長く留守にしていたその本拠地に、新しい妻と家臣たちを連れて帰ろうとしていた。 「ここまで来れば間もなくだ。それ、あそこに見えるだろう」 アゼルヴリスが指し示したのは、砂丘に囲まれて屹立する、蔦と苔に覆われた岩山だった。その頂に集落らしき影がある。 アクハは夕日に目を細めた。 「攻めるには難しい地形じゃな」 「天然の要害だ。エオフォルヴィクの城壁に劣らぬぞ」 アゼルヴリスは笑いながら言って、ゆっくりと馬を進める。暗褐色の髪を潮風になびかせ、アクハもそれに続いた。 砂丘は半ば枯れかけた細い草に覆われ、毛皮でもまとっているかのようだった。時折、馬がつまずいて馬体が大きく揺れた。既に日が暮れかけているので、足元に気を付けなくてはならなかった。馬が一歩を踏み出すごとに、蹄が砂に沈み込むのがわかる。 どこまでも続いていく砂丘。何もかも吸い込もうとする鏡のような水面と、遥かに横たわる水平線。赤紫に染まった広い空は、刻一刻とその色を深くしていく。圧倒的な自然を前に、アクハは自分の存在をひどく小さく感じた。 ――美しいが、途方もなく寂しいところだ。一目見てもらえれば、なぜ余がブリタニアの制覇に乗り出したのか、きっとそなたにもわかるだろう。 かつてアゼルヴリスが口にした言葉を、アクハは覚えている。なるほど、自らを駆りたてなければ、何か果てしないものに押しつぶされてしまいそうな場所だった。 (「第六章 バンバラの王妃」より)
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