「なんかこうしてると、いろんなこと忘れそうになりますね」 「いろんなって、どんな」 「何で先輩とこうしてるのかとか、いろいろです」 「何でって、恋人同士だからじゃねえの?」 「じゃあ、そういうことにしておきます」 答えながら、ふふふ、とどこか満足げにイリーナは笑う。ああそうだ、この後輩の女は確かにこんな笑い方をしていた。どうして自分は、そんなことすら忘れてしまえたのだろうか。 絡めた指先の力を僅かに強めるようにしながら、レノは力無くそっと息を吐く。見上げれば、空が高い。溶けてしまいそうだ、などと柄にもないことまでぼんやり浮かんでくる。 「あのさ、イリーナ」 「何ですか」 「いや……なんか」 感情の流れが、何かにせき止められているかのように上手く吐き出せないままでいる。もつれたままの言葉は複雑に絡まりあって、上手く立ち上がってすらくれない。 冷たかったはずの指先に、いつしか血が通い始めているのをレノは感じていた。それも全て、体温を分かちあったからだ。 「動物ふれあいショーだっけ? 行かなくていいのか」 ぎこちなくそう尋ねると、途端に肩を震わせてイリーナは笑い出す。 「先輩がそんなこと言うの、すごく変です」 「お前だろ行きたいって言ったの、」 どこか不満げにそう返すレノを前に、そっと首を横に振りながら、イリーナは答える。 「いいですよ、このままで」 言い聞かせるように静かに、言葉が続く。 「このままがいいんです」 「イリーナ……」 その先に続く言葉が見つけられないまま、ゆっくりとぎこちなく視線を逸らす。それでも、繋がれた指先は解けないままで。
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