同じ日の夜、外国人の男に聞かれた。 【歌わないの?】 【歌を知らない】 【なんにも?】 【なんにも】 【じゃあ、こういうことは誰に教わったの?】 頭の中で英単語を探す。 「プリースト」 「ゼン?」 頷く。 【英語はどこで?】 【中学校と高校】 【なんだ、高校生か】 【高校も卒業してるよ】 ちょっと考えて。 「アイアムフッカー」 スラットとかなんとかぶつぶつ言ってる。 【小さい子しか好きじゃない?】 【まあ、そうだよ。騙された】 【ごめんね。値引きしないよ】 【今回でバックパッカー卒業するのに】 【お金なくなったの?】 【就職するんだよ】 【おめでとうございます。お仕事聞いてもいい?】 【学校の先生】 【やっぱり】 【非難しないの?】 【学校の先生はみんなひどい人だもの】 【そうだよ。僕の初体験も先生だ】 【就職祝いちょうだい】 【君がくれるものだろ】 【喜びは分かち合うもの】 【分かち合ったことが?】 【奪ってばかりいる。ちょうだい。歌ってよ】 「イッツアスモールワールド」 「ノー、ワールド イズ ビック」 【君の世界はこの歌も知らないカラオケボックスの一室だけだ】 【教えてよ。見てきた世界を】 彼は軽く歌う。英語が聞き取れない。 【朗読しようか?】 【お願い】 1,2,3,4,5,6,7 よい子は天国へ 東に飛ぶ子 西に飛ぶ子 カッコーの巣を越えていく子 【カッコーの雛って、別の鳥が騙されて育てさせられるんだよね】 【そうだよ】 【別の鳥はそんな雛がかわいいの?】 【カッコーに限らず、弱い生き物はだいたいかわいい姿をする。雛や子どもはかわいい姿をする。なぶり殺そうとする強い生き物の良心がとがめるように。そのせいか、弱い生き物はかわいらしさに惑わされない。自分より弱い相手を、特に必要もなく殺すことがある】 【天国に行けないね】 【うん。気の毒に。君、僕と一緒に海を渡る?】 【外国の人はそういうこと言ってくれるから好き】 【赤い靴をあげるよ】 【行けない。僕はカッコーの巣を越えていく】
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