出店者名 バイロン本社
タイトル 小夜曲
著者 宮田 秩早
価格 200円
ジャンル ファンタジー
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紹介文
月の美しい秋の夜であった。
その齢は折しも十五。
鏡の如き満月である。

こういう書き出しではじめたのは、夜にちかしいものたちの登場する、美しい話が書きたかったから。

 中世独逸。
 騎士たちの世が、静かに終わりを告げゆく頃。
 黒森の深奥に佇む城館。
 其に住まう美しき伯爵。
 人形の如き召使いたち。
 夜闇に薫るは晩餐の子羊に捧げし迷失香。
 そして、今宵。
 黒森に迷う汚れなき少女……

オーソドックスな吸血鬼幻想譚を読んでみようと思われる方に。

新書サイズ/86ページ

 家令の痩せぎすな腕が、まるで鋼のように彼女の手をとらえている。
 家令は常の穏やかな無表情のまま、床に散らばる薔薇の花を丹念に拾い上げ、片手が塞がっているにもかかわらず器用に花束にして、リディアに渡した。
「リディアさまのおこころづかい……伯爵閣下はさぞお喜びになられることでしょう」
 そう言って、まろやかに微笑む。
 だが……家令の声には、どこか得体の知れない毒が含まれてはいなかったか?
 それから……
 彼はいつここへ来たのだろう?
 足音など、聞かなかった……。
「手を……離してくださいませんか? アルフレートさん」
 リディアの声は震えていた。
「もうすぐ。日が落ちます。閣下もほどなくお目覚めになるでしょう。さあ、どうぞこちらへ」
 家令はリディアの求めを黙殺した。
 リディアの手から燭台をもぎとり、彼女の肩を抱くようにして、家令は通路の奥、黒檀の扉を指さした。
 リディアは、逃れられないことを悟る。
 黒檀の扉の向こうに待つのは、罰だ。
『見る禁』を犯した代償。
 それだけは、間違いなかった。