「空葬の森」(冒頭部分)
最初に見たその顔を、私はいつか忘れることができるのだろうか。
青くどこまでも透き通るような、羽衣のように薄い布を纏い、彼女は森の中の小さな泉に、片膝を立てて俯いていた。それが聖なる祈りだと知ったのは、少し後になってからだった。 暗い森であったが、そこに獰猛さは感じられず、むしろ神聖な空気さえ漂っていたのは、ひとえに彼女の祈りの賜であったのだろうと思う。ただ、泉の周りだけが、ぼんやりと輝いていた。ほのかな光が漂っていそうなほど神々しい姿に私は一瞬戸惑い、そして考えることを止めた。 彼女は水面を一心に見つめる。
「見ていたのですか?」
あまりにも永い時間、私が見つめ続けていたのだろう、巫女は不思議そうに、そしてどこか罪悪感を匂わせる顔をしていた。 「申し訳ない。祈りが、神聖過ぎたものだから」 こんな時に気の利いたひとことが言えたのなら、私は求道者にはなっていなかったであろう。 「不思議な人ですね」 巫女は乏しい表情で浅薄な微笑みを浮かべた。泉の水面は微動だにしていない。 「弔っているのです」 深く入り込むような女の声が、意識をはっきりと覚醒させた。 聞くと、彼女はこの先の集落の生まれで、村に天災が起こって死んでしまった村人を弔い続けているのだという。片膝を立てるという不思議な姿勢が、神に尽くす証であるのだと。どうりで人気のない道だと思ったのだが、本当に人が少ないようだ。 「私も旅の求道者だ。手伝おうか」 死者は放っておくと魔物になるという。夥しい死者が出たのなら、できるだけ早く弔った方がよい。そう思った。 「いえ、お気になさらず」 弔いの方法は、その地によって異なる。私の手助けが、かえって魔物を呼び寄せてしまうこともあるだろう。 「そうか」 「はい。魔物に気をつけてください」 「悪いな」 「いえ」 彼女は儀礼的な笑みと礼を返し、再び祈りに入った。その神聖さとは裏腹に、彼女の表情にはどこか鬼気迫るものを覚え、私は背筋に嫌な汗をかいたので、先を急ぐことにした。
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