【さいはて、まほろば、人魚は乞うた より】
少女は旅をしている。同行しているのは喋るぬいぐるみ一匹、有事の際対処せねばならぬのはフィスチェのみ。故に、ぬいぐるみに付け焼き刃と言われているものの、武芸の心得は身につけていた。槍だ。その槍が、両手で握っていたそれが、ない。 体を起こしたおかげで広くなった視界で、フィスチェは大きく左右に首を振り周囲を見渡した。目印のような形で金の布を柄に巻き付けているそれは、思ったよりも早く見つかった。目の前に、それは突き刺さる形であった。但し、立って歩かねば届かぬ距離の向こう側、何かの横に。 星明かりによって照らされた姿が何か、フィスチェは知っていた。上半身は女人、腰から下は鱗輝くヒレ、それは人魚と呼ばれる種族であった。 左の隻眼を丸くさせているフィスチェに気付いたのか、人魚はこちらを窺うように視線を投げかけてきた。清らかな水色の目が星のように瞬く。 「これ、あなたの?」 これ、が何か分かったものの、人魚がそれを見ないせいと、フィスチェ自身の疲労によって、首肯はやや間を開けてから行われた。人魚はそう、とだけ答えて、鱗と水掻きに覆われた指をフィスチェに向ける。 「お礼、欲しい」 「あ、えと……はい?」 片言の要求に、フィスチェは思わず首を捻った。きっと人魚はフィスチェを助けた存在であり、見返りに何か欲しいと言っているのだろう。しかし、あまりにも唐突に言葉を投げかけられたため、しっかりと言葉を飲み込むのに時間を要してしまった。 今までの旅路で、多種多様摩訶不思議な種族との交流を重ねてきたし、人魚そのものを見た経験もある。が、人魚という存在と言葉を交わすのは初めてだ。なので、フィスチェは全く思い付かなかった。人魚が欲しがるようなものを。 「その、何か欲しいもの……あり、ます?」 恐る恐る、伺う。 沈黙だけが、両者の間を行き交う。全身の熱を奪い続ける水の冷たさに意識が飛びそうになるが、フィスチェはそれを必死に抑え付けることで意識を保っていた。 「あ」 人魚の口が、ぱくりと動く。 さらさらと流れる水音ばかりが響き、通り過ぎる。 「特になかった」 「……特に?」 「そう。欲しいもの、特にない。川、海、探せば、ある」 フィスチェの脳裏が一瞬白くなった。お礼を求めるが欲しいものがない相手に、一体何をどうすれば。
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