【魔女の記憶】
「リオーツ様、ありましたよ」 ぎゅっ、ぎゅっ、と雪を踏みしめて先を歩いていたシェーヴェルがこちらを振り返る。彼が指で示す方へ目を向ければ、〈雪掻ける大角鹿(スィニローク)〉の平たい角がひとつ転がっていた。 足早に近寄ってそれを手にとった彼は、残念そうに少し表情を曇らせる。 「ちょっと小振りですね」 重さを確かめてからそう言うと、どうしますかと問いかけてきた。 リオーツはそれにうなずきで答える。遠い昔に声を無くしてから、紙があれば筆談で、なければ身振り手振りで意思を伝えていた。 「わかりました」 言葉がなくてもこちらの意図を汲んで、シェーヴェルは軽々と角を担ぎ上げた。さすがは〈騎士人形〉というべきか。手伝いとして連れてきて良かった。〈騎士人形〉がいない時には自分ひとりで行っていたものの、角を背負って帰るだけでも一苦労だった。 「他に必要なものは?」 その問いかけには首を横に振ることで答える。 ここに来るまでに他の欲しい素材は採取してあり、残りはこの角を採取するだけだった。いくら探しても見つからず、半ば諦めかけていただけに、思わず浮足立ってしまう。 あとはもう家に帰るだけだ、とくるりと踵を返して歩き出そうとすれば、後ろから慌てたように足音が近づいてきた。 「お待ちください、リオーツ様。危ないので先に行かないでください」 言葉と共に手首を掴まれて、リオーツは彼の顔を見上げた。そこに浮かんでいるのはいつもの無表情なのに、その瞳には心配の色が浮かんでいる。 ここでの危険といえば〈雪掻ける大角鹿〉のような大きな獣に遭遇した時くらいだが、獣たちも頭が良い。向かってこられたらひとたまりもないが、ほとんど人前に姿を現すことはないので、危険も少ないのだ。だからこそ、獣たちの持つ角や爪、毛皮といったものを採取するのに時間がかかってしまうのだが……それはまた余談である。 どこか心配性なシェーヴェルにこれ以上の心配をかけさせるわけにもいかず、リオーツは苦笑を浮かべた。
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