出店者名 午前三時の音楽
タイトル さよなら、おやすみ、またあした
著者 座木春/佐々木海月/佐々木紺/鳴原あきら/二季比恋乃/笛地静恵/豆塚エリ/三明結都/実駒/高梨來
価格 1000円
ジャンル そのほか
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紹介文
アンソロジー │ B6 │ 160頁 │ 1,000円 │ 18/09/09
あなたの夜の窓辺へ降り立つための、とっておきの言の葉たちをお届けにまいりました。

十人の書き手たちによって綴られる、眠る前のひとときに寄り添う創作文芸アンソロジー。
詩歌、ファンタジー、現代ドラマ、童話風、ボーイズラブ、ガールズラブ、と舞台も表現手法も多岐多様にわたります。
どうぞ、すこしのあいだでかまいません、窓を開けて、語り手たちのささやき声に耳を澄ませてみてください。


・森海の記憶 二季比恋乃
・翅と蜜 佐々木海月
・星空と王国 三明結都
・ぬくぬくんとぼく 実駒
・遠い蓮の家 笛地静恵
・ミラージュ 豆塚エリ
・抽斗 佐々木紺
・だから、おやすみ 座木春
・リリアン 鳴原あきら
・Please,Mr lostman. 高梨來

「こんにちは、郵便を届けにきました。これは書留と小包だから、ここに受け取りのサインを頂けますか?」
「いつもありがとう」
 ペンを手にした指先は、滑るようななめらかさですらすらとサインを記す。すこし骨ばった指には、いつもブルーブラックとグレイのインクの跡がわずかに残る。
「こちらは手紙と郵便です。間違いがないか、いま一度だけ確かめて頂いてもかまいませんか?」
「ええ、」
 しなやかな指先が重ねられた一通一通を丁寧に確かめていく。そのまなざしに、見過ごしてしまいそうなかすかな光が滲むひとときがあることを、僕を知っている。
 そうっと息をのむようにして、僕は『その時』を静かに待ちわびる。決して、気づかれてはしまわないように。
 ――ああほら、思ったとおりだ。
 濃紺のボールペンで殴り書きのようにやや乱雑に記された手紙の文字を見つけたそのとたん、こわばったままに見えた表情はほんのわずかにゆるむ。
「――またずいぶん、遠くからだ」
 うねうねとした見慣れない字体での何週間も前の消印と何重にも重ねて貼られた色鮮やかな切手たちは、待ちわびたその便りが海を越えた遙か遠い場所からこの町へとはるばると届けられたことを如実に伝える。
 町の名物か何かなのだろう。高台から見晴らした風景の真ん中には、なめらかなドレープを描く白いローブに身を包んだ彫像の姿が望まれる。
 お世辞にも趣味がよいとは言えない、いかにも土産物屋の隅で埃をかぶっていそうな絵はがきの裏に記されているのは、ひとことふたことの近況報告。―申し訳程度に走り書きで綴られた名前のほかには、宛先はいつも書かれていない。
「絵画の修復士の先生と仲良くなったそうだよ。いまは教会の壁画のおおがかりな修復作業を手伝っているんだって。公開がはじまれば町の新しい名物になるはずだから、その時は見においでって」
 うれしそうに瞳を細めて教えてくれる言葉に、裏腹に心はざわめきをおぼえる。
プライバシーは詮索しない―いくらそう肝に銘じていても、ことはがきとなれば宛名を確認するために目にした時、いやがおうにでも文面は目に入ってしまう。それがほんの短い数行に閉じこめられたものならば、言わずもがなだ。
「……楽しみですね」
「あぁ、」
 遠慮がちな会釈を、まぶたの裏へとそうっと焼き付ける。


明日、目覚めるための就眠儀式
星の散る窓辺で本を開く。
その本の角は丸くなっていて、表紙の紙の手触りも優しい。
 
十人の創作者の綴る、「明日、目覚めるための物語」。
形式やジャンルは違えども、その言葉が育むのは、ぬくもり。

海と森が交錯する刹那、寂しい冬の到来を告げる人の訪れ、幾重にも編み込まれた夜と夢のあわい。
幼いものにだけ抱ける柔らかいそれ、不思議な少女とのどこか生と性を感じさせる交流、名付けがたい彼女たちの絆。
すこし哀しくて愛(かな)しい歌、終わらない眠りに去って行こうとする者への優しい愛惜、厳しい現実を生きるふたりの親愛。
そして、わずかな勇気と、思いやりで明日へと繋がってゆく「大切な人への想い」。

目を閉じる前に本を開いて、物語を、言葉をひとつ胸に抱けば、それはやがて明日の目覚めを連れてくる。
夜の浄さと柔らかさに育まれたぬくもりとともに、朝の光を呼んでくる。

「さよなら、おやすみ、またあした」

推薦者宮田 秩早