出店者名 夜間飛行惑星
タイトル 追憶のための習作
著者 実駒
価格 300円
ジャンル 掌編
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紹介文
掌編小説+詩で綴る、遠ざかりゆくものたちへの追憶

白夜

 精神的な問題なんてものは甘えに過ぎない。
 兄から頭ごなしに叱りつけられて、私は家を飛び出した。
 目を上げれば上空を、暗灰色の雲がものすごい勢いで流れてゆく。嵐が近付いている。
 最終のバスに飛び乗り隣町まで出て、駅で夜行列車の切符を買った。一番早くに発つ、一番遠くまで行く汽車。もちろん片道切符だ。戻るつもりはない。
 発車までの時間つぶしに夕刊を一部買い求め、待合所の隅に陣取る。同じ汽車を待つと思しき数人が、手持ち無沙汰げに集っていた。
 堅い木のベンチに腰を据え、私は夕刊に目を通した。相変わらず世間は不景気で、倒産した社長が首を括ったの、物盗りが横行しているのといった記事が社会面を埋めていた。
 読み終えた新聞を畳んで膝に乗せ、ほんの一瞬、瞼を閉じて疲れた目を休める。それから待合の時計を見上げて、おやっと思った。汽車の到着予定時刻を過ぎている。
 私は立ち上がってホームへ出ると、駅員に尋ねた。
「この汽車はまだですか」
 私の切符をちらと見た駅員の答えは簡潔明瞭だった。
「事故に巻き込まれまして、到着が遅れているのです」
 溜息をついて、私は待合所に戻った。元いた席へ行きかけて、足が止まった。
 誰かがそこに座って、私が放りっぱなしにしていった新聞を広げて読んでいる。
「失礼ですが」
 私は彼の前に立ち、静かに声をかけた。新聞に差した影で自分が呼ばれていると気付いたのか、彼も顔を上げて私を見た。
 そのときの気持ちをなんと表現したらいいだろう。
 私には、呆然と彼の顔を見下ろすことしかできなかった。用意していた次の言葉は、喉の先で潰えて消えた。
 彼は怪訝そうに眉をひそめ、それから、ああ、とうなずいた。
「もしかして、貴方のものでしたか」
 礼とともに差し出された新聞を受け取って、反射的に、私は彼の隣に腰を下ろした。彼の顔をよく確かめたかったこともある。
 私が視線を外さないのに気付いて、一度は正面へ向いた彼の顔がふたたびこちらを向く。
 もはや見間違いようがなかった。
 それは私の顔だった。


どこかへいってしまったものたちへ
実駒さんの言葉はいつも、ふわふわきらきらとした青色の惑星を浮遊するようにきらめいている。
言葉の上を青色の蝶の影がふわりと横切っていく美しい表紙で彩られた掌サイズの文庫本を開けば、そこに綴られる文字は活版印刷風のクラシカルなフォントで刻まれている。
旧漢字で綴られた言葉を目と心の両方で追ううち、わたしたちの心はふわりとここではない物語の世界の中へと引きずり込まれる。
綴られた五つの小さな物語はいずれも、切り取られるモチーフは異なれど、「喪われていくもの」に目を向けた光景だ。

「別れ」とは小さな死だ。
離ればなれになった、もう二度と会えないであろう相手が、手放してしまった思いが幾つもある。私の中で彼らは――彼らの中の私もまた、「死」を迎えているのとまるで変わらない。人は誰も皆、たくさんの亡骸を引きずり、引きずっていることすら忘れて生きている。
小さな死をたくさんこの身に抱えながら、私たちはそれでも、朽ち果てることなどなく、生きているのだ。

「追憶のための習作」
と冠された通り、ここに詰められているのは、喪われていくもの・喪ってしまったものを優しく見守るかのような穏やかな想いだ。
表紙をめくってすぐに目に入るメッセージ。その一言の祈りは、読み手の心をまっすぐ照らし出す。
そこに刻まれた言葉と、その先に続く光景がなんなのか――それは、実際に本を手にしたあなたに確かめてほしい。
推薦者高梨來



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