某月某日
街で初めて珈琲人形を見つけたのは、確かにこの日であったと記憶している。高層の夢を敷石にして出来ている駅のすじ向かいの両替屋はウィンドウに小洒落たものを飾るのが好みらしく、そのなかに顰めっ面をして飾られていた、それが確か、珈琲人形であった。珈琲人形はシルクであろうドレスを着て、細い白い腕でそのドレスの裾に触れながら、口許を結び目を伏せていた。小さく、然し精巧な人形だ。 ──目を開けないだろうか? 思っていたら声になって聞こえたが如くにぱっちりと目を開いた。それだけで辺りに花が咲いたような気になった。 私は云った、夢中になって。 「うちにおいで。衣装を沢山作って、毎日珈琲も飲ませてあげる、だから、おいで。こんな所から連れ出してあげるよ」 抗い難いほどに、彼女を、手許に置きたかった。彼女にはそれをして余りある魅力があった。 珈琲人形は、無言で嘲笑うかのような笑みを浮かべ、また目を伏せた。 あとは、幾ら眺め続けても微動だにしないので、私はその日は諦めた。
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街
街で偶然すな子に遇った。翠と白の縦縞の着物をきちんと着ていて、婦人会合へいってきたのだと云う。云いながら、深い呼吸をし、くたびれたわ、と付け加えた。 「いつものよりかおいろが悪いのではないか。休んだ方がいい」 「まあ、座ってもよろしいかしら?」 煉瓦畳みの大階段の裾の方に、私たちは座った。すな子は日傘を傾け、ハンケチを出してこめかみにうっすらと浮いた汗を拭った。 「和装とは珍しいね」 「ときにはこちらの方が評判が良いのですわ」 すな子の口調には皮肉が交じっていた。きっと婦人会など嫌いなのだろう。店ではいつも、すな子は黒い洋服と白い前掛けを着けている。衿に皺ひとつなくきっちり糊が利いていることを思い出した。 「貴女は洋装がお好きなのでしょう?」 「この国に西洋が差し込んできてから幾年が経つでしょうね」 すな子ははっきり応えずにそんなことを云った。
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