ただ一面、白の吹き荒ぶ景色であった。 孤独な獣の遠吠えのような風の音。それ以外は何も聞こえない。天を覆う黒い空から、何千何万の雪のつぶてが押し寄せる。真横から殴りつけるように駆けてくる風で、トロワの小さな身体は今にも雪原に倒されてしまいそうだった。 ここはどの辺りだろうとトロワは思った。頭がぼんやりとして上手く考えがまとまらない。いっそ考えない方が良いのかもしれない。今できるのは、感覚を失いかけている両足を少しずつでも前へ動かす事だけなのだから。 小さな光を宿したカンテラを鞄にかけ直す。もっと前をよく見たい。毛皮の帽子を少しだけ上へずらして、遠く前方へ目を凝らすけれど、小さな生き物の群れのような氷のかけらが闇の中いっぱいに舞っており、その先に何があるかなどわかるはずもない。 そうだ、見えるわけがないのだ。皆の暮らす村も。祖父が魚を釣る湖も。 そして、吹雪の向こう、矢印の木の下では、きっとスーが待っている。
(さかな記号論『矢印の木』より)
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