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なにもない。 |
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地面にひとりでに穴が空くという奇妙な現象が起こる荒野。 その穴を惹かれてやって来た少女ネルと、近くの森に住む三人の「穴埋め人」、そして番人ロッヒの物語です。 こんなにやさしい「罪と罰」の物語があるのか、と思いました。 穴埋め人は――みなやさしくてとてもそうは見えませんが――過去に罪を犯して送られてきた人たちです。 ネルもまた、心の中に罪の意識を抱えていました。 作中、「灰量り」という印象的な物語が登場します。 簡単に言うと、人間は生涯で犯した罪の分だけ心臓に灰が積もっていて、その量の多寡で死後に天国に行くか地獄に行くのかが決まるというお話です。 その言葉を借りるならば、穴埋め人は、またネルは、自らの胸の内に灰を抱えています。 なぜ大地に「穴」が空くのか。作中でその明確な答えを知ることはできません。 ただある穴埋め人は「罰だ」と言います――つまり彼らは己の灰を注いで、穴を埋めているのです。 荒野に空いた穴を、やさしい罪人たちが埋める。 寓話的で穏やかな筆致でありながら、読むほどに胸をかき乱されるようでした。 だってやさしい彼らさえ罪を犯しているなら、私もまた罪人に違いないと思うから。 いったい自分の心臓にはどれだけ灰が蓄積しているのだろうと考えずにはいられませんでした。 けれどもこの作品は、私たちの罪を糾弾するものではなく、かといって安直に許すものでもないと感じました。 「人は皆、失ったもの、恐れるもの、忘れたい事で心を穴だらけにしながら生きているのに、どうして目の前のこの人間だけを化け物のように扱わないといけないのだろう?」(本文51ページ下段) 『巨人よ、穴を埋めよ』は、読む人に自分の罪を気づかせ、そのことで少し罰して、けれどもそれ以上に寄り添ってくれる物語だと思います。 あなたの罪が大きければ大きいほど、または、あなたがやさしければやさしいほど、この物語はきっと大切なものに変わることでしょう。 | ||
推薦者 | 泡野瑤子 |