出店者名 夢想甲殻類
タイトル この夜が明けたら
著者 木村凌和
価格 200円
ジャンル ファンタジー
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紹介文
メタルの翼をもたされた少女達は夜の海上を飛ぶ。

金属製の翼を背に付けた少女達の任務はただひとつ、「自分達と同じものを見つけること」
翼は陽の光の下では崩れてしまうため、海上を毎晩飛び回っては帰る生活が続いている。変化が訪れたのは、海中から伸びもがくしろい腕を発見してからだった。
無残に墜落していく仲間を救うこともできない少女、願いを叶えた少女と、叶えることを投げ出した少女。
彼女達のある十の夜をつなぎ合わせた書いた本人はSFのつもりの群像劇。
第60〜69回フリーワンライ参加作品に加筆・修正を行ったもの。
全容を把握できる短編『光のこうざい』(書き下ろし)を収録。

 メタルでできた翼が冷たい。今夜は風が穏やかだ。眼下の高速道路に車の灯りは見えない。道路のほど近くにのっぽの樹を見つけて、てっぺんに掴まる。次の風まで休憩。
背がひんやりとして見てみれば、翼が結露していた。手で簡単に払う。メタルで出来ていて、後から人体にくっつけたのだから、自分の意思で動かすことなんかできない。飛ぶのに邪魔になるから、拭くようなものは持っていない。
 薄っぺらい翼の表面を払った手を、服でぬぐった。後付けの身体の一部は所々錆びている。毎日海の上を飛んでいるのだから当然だ。しかもこの、自ら推進力を生み出す翼は太陽の下ではぼろぼろに壊れてしまう。
 ただ前を見て。後ろを見たら死んでしまう。
 みんなそう言う。菜知にはもうどうだっていいことだ。
 この夜が明けたら、菜知は翼を失う。
 翼を失った子がどうなるのか、どうなったのかは知らない。それもどうだっていいことだ。菜知は飛ぶのが好きだ。もう飛べなくなる。それだけで十分。
 この山の向こうには海がある。夜ごと、菜知達が飛び回っている空。海の上で何かを探し回っている空。空は白み始めている。もう誰も飛んでいない時間だ。人に見つかるから、翼が崩れてしまうから、飛ぶのは真暗い間だけ。真暗くなってから出発し、山を越えて海の上を飛び回り、真暗いうちにまた山を越えて帰る。
 風が頬を撫でる。菜知は樹をしならせ勢いをつけて飛び立った。翼が風を受けて身体が浮き、空気を裂くごとに前へ前へ押されるように進む感覚がある。海の上は風が強い。翼を乗せる風を選びながら、海を目指す。空はまだ黒いが、朝日の明るさがここまで伝わってきている。夜は黒いばかりの海空に境界線が見える。鳥の鳴き声が聞こえる。一緒に飛んでみたかった。海がうねる度光が反射してきらきら煌めいている。磯の臭いは明るいだけでこんなに爽やかに感じるのか。この夜が明けたら、海はもっときれいなんだろう。黒から藍色、透明な青に移り変わっていく空から逃げるみたいに、追いかけるみたいに、冷たくて磯臭い空気の中を裂いていく。

(「この夜が明けたら」より)


あなたの人生に触れる物語
物語はこんな書き出しで幕を開けます。
「メタルでできた翼が冷たい。」
短い中にもその翼が少女たちの生まれもったものではないことと、後から設えられたものの異物感を示唆していて非常に印象的です。
(「金属」じゃなくて「メタル」なところがすごく好きです。無機物なのにぎりぎり無機物ではない感じがあるような、翼に対して最低限の親しみがあるように感じました)

少女たちはなぜ飛ぶのか、という疑問に対しては、一応は答えが与えられています。翼は大人たちによって与えられたもので、「同じように飛んでいる者を見つけたら報告せよ」と命令されているのです。
しかし、それがいったい何者なのかについては、少女たちには知らされていません。
翼といっても風に乗るための形状が与えられているばかりで、うまく風に乗れなければ海に落ちてしまいます。
事実、たくさんの少女が海へ落ちていくのですが、それでもなお大人たちは少女たちを飛ばせるのです。

「ただ前だけを見て。後ろを見たら死んでしまう」

少女たちにとって、翼とは何なのでしょうか。
空を飛べる力。大人に押し付けられた重荷、異物。
少女が大人になったら取り払われるそれには、多面的な寓意が込められているようにも思います。
私には翼を持たされた少女たちのすがたは、自分にも思い当たるふしがあるような気がしました。
私がこの世界の少女だったならば、きっと何の疑問も持たずそこそこ上手に楽しく空を飛び、後ろを見て落ちることもなく、また落ちていく仲間たちに特別な感傷も抱かず、そのまま大人になったでしょう。菜知にも叶にも、請海にもなれないタイプ。
いまはもう陸にいるから後ろを見られるけれど、そのときは前しか見ていなかったし、振り返る必要も感じていなかったな、とかつて少女だった私は考え、物語が自分の人生を触りに来る感覚を嬉しく思いました。

物語は他にもさまざまな要素から成り立っており、多様な読み方に対して開かれた作品だと感じました。
中盤からは驚くような展開も待ち受けていて、即興的な味わいも本作の醍醐味です。
寓意を探らなくても、書き下ろされた「光のこうざい」によってまとまったひとつのSF作品として楽しむことができますし、木村さんの文章それ自体がしみじみと味わい深く鑑賞できるものだと思いました。
推薦者泡野瑤子

夜明けのその先に、きっと。
人工の翼を与えられ飛ぶことを強制された少女たち。
大人の道具である彼女らの翼はあまりにもお粗末で、死から逃げて空を目指し、叶わずに海に墜ちてゆく。
空にも海にも、大人たちが支配する陸にも、彼女らの安住の地はない。
その哀しみと、飛ぶことによって僅かな間だけ得られる自由が対比され、吹けば飛んでしまうような自由への憧れが、将来を夢見ることとともに摘み取られてゆくのが痛ましい。

けれど、生命というものが軽すぎる世界だからこそ、生を渇望し、願い、思う力がくっきりと輪郭を持って立ち上がってきます。
請海や叶らが繋ぐ糸はあまりにか細く、けれども明日にしか生きる世界はない。「後ろを見たら死んでしまう」のです。
切り取られた断片を重ね連ねて光を導くような物語でした。
推薦者凪野基

可能性を着脱する
 メタルの翼で夜を飛ぶ少女たちの物語。
 人間の無責任で無邪気な「空を飛びたい」という願望を、ひとつずつものがたりに落とし込んで解体し複数の掌編は、絡み合い折り重なりあって大きな物語の影を立ち上らせる。

 「空を飛ぶこと」は人間が進化の過程で切り捨てた可能性だ。人間はその「可能性」に気づくくらいに進化してしまった。知恵を、得てしまったのだ。そして、その知恵ゆえに、肉体を進化・変化させるのでなく、乗り物や後付けのパーツで拡張して「進化」せずとも新しい可能を手に入れた。
 物語の登場人物は、着脱が可能になった人間の姿をまざまざと見せつける。それは身体の生き物としての適合を無視していて、あきらかな弊害が生じてくるものなのに。
 それでも、人間は求めることをやめない。哀れで、罪深いと思う。

 最終章「光のこうざい」、すべてをこどもらに丸投げしてしまうことが、進化でない発達を遂げた人類の功罪の、極みにまで行き着いた無邪気の邪悪と可能性への無責任な期待の重さと言ったら。
 文明への静かな反論を見る気持ちでいる。

 最後に、『輝く瞳に夜の色』のときも感じたが、木村さんの文体や描写は平時の場面ですら鬼気迫るものがあり、文字を追う目が、気づけば物語世界を映像として受け取っていることに気づく。ページを繰るのではない、ただ、私は、彼女らの飛ぶ夜を、その静謐な空気として受け取っているのだ。
推薦者孤伏澤つたゐ