出店者名 夢想甲殻類
タイトル 世界万華鏡
著者 木村凌和
価格 200円
ジャンル 大衆小説
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紹介文
とりどりの世界を切り取った短編集。
 webで公開しているものにほんの少し訂正を加えた再録です。
『世界万華鏡』
 世界はもっと美しい。世界を、決まりきったように切り取り書く仕事にうんざりしている鏡子は、それでもそう信じている。
『絶望マニア』
 全てを捨てた男は、自らに飽き足らず”ヒーローごっこ”をしにくる者に捨てさせるある趣味を持っている。
『海色の空』
 海にすむちいさな”いのち”は、流星群の夜、傘をさして見物する。児童文学風ファンタジー。
『幸せになります』
 新生活前夜、私は荷物の中に、なくなってしまったと思っていた孤独を見つける。
『風の果て』
 機械鳥は現代社会に潜むある闇を食い尽くすために存在していたが、ある夜自らを解き放つ声と出会う。
『航路絵描唄』
 連絡の途絶えた宇宙艦隊を探す少女は、艦隊にいるはずのおじさんと、ある約束をしていた。

 早坂鏡子、と最後に名前を入力して、鏡子は背もたれに寄りかかった。マグカップを引き寄せ、すする。さっきまで何千回と読み返した文章を、眼がなぞった。
今の自分にはこれ以上には書けない。もっと良い書き方があるはずなのに。編集長に突き返されるかもしれなくて、頭も胃も重かった。気が抜けると、頭と身体が眠気に重くなっていることに気づいてしまう。あー、と間抜けな声を出してだらしなく椅子に全身を預けた。仰ぎ見た天井は鏡子の上だけが明るい。
 『鏡子』の『鏡』は『万華鏡』の『鏡』でもあるのよ。
幼いころに母が言っていた。眼が文章の末尾に行き着いて、頭の中に母の声ががんがん響いた。名前を見る度に思い出す。そしていたたまれなくなるまでが一セット。
「あれ、終わったんですか」
 終わらないと思われていたのか。締め切り数時間前で、後輩にまで。
 声は今年他部署に異動していった後輩のものだ。締め切り前恒例の体たらくをよく知っている。
 早いじゃないですか。そう言う彼女ならもっと早く書き上げただろう。もっと良い形に。だから異動していったのだし。
「そりゃあねー。ね、飲みに行こ」
 勢い付けて立ち、パソコンを閉じる。
 今回の記事も書き上がってみれば、なんてことの無い無難で、つまらない内容だった。それが鏡子には我慢ならない。
「ははあ、さては万華鏡子ちゃんとしては今回も不満なわけですか」
 二杯目のビールを注文するついでに、後輩はにやにやする。酒の回った声でいっぱいの、狭苦しい串焼き居酒屋だ。

(「世界万華鏡」より)


おかえりただいま
「航路絵描唄」が心に残りました。
過去成し得なかったことを、その時出なければどうにもならなかったものを、それでもおかえりただいまと。
推薦者まるた曜子