出店者名 今田ずんばあらず
タイトル イリエの情景 〜被災地さんぽめぐり〜2
著者 今田ずんばあらず
価格 1300円
ジャンル 大衆小説
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紹介文
カクヨム版2000PVを突破! 今一番アツい被災地青春ロードムービーです。
東京の大学に通う依利江は、友人三ツ葉の誘いから東北被災地を旅をします。
石巻市、南三陸町と旅してきた依利江は、気仙沼市で運命的な出会いを果たします。
人とでしょうか? いいえ違います。それでは震災遺構? そういうわけでもないです。
金港館という古めかしい旅館で出された、夕飯のお弁当なのでした!
この弁当がなければ、依利江は陸前高田市奇跡の一本松のもとで、あんなことも言えなかったでしょう。
第2巻は気仙沼市篇、陸前高田市篇です。あの日から今まで、心の深層で抱いた問いを発露した物語です。
だからスローガンは「うわべだけの希望なんていらない」。

文庫 252P

 被災物の展示に目を落とした。
 炊飯器、ヘドロの下にあった残飯。そのそばに葉書が置いてあった。その葉書は炊飯器に帯びた物語であった。

 「炊飯器 二〇一二・二・二」
 普段は二人分だけど、夜の分まで朝に六合、まとめて炊くの。
 裏の竹やぶで炊飯器見つけて、フタ開けてみたら、真っ黒いヘドロが詰まってたの。それ捨てたらね、一緒に真っ白いご飯が出てきたのね・・・
 夜の分、残してたの・・・
 涙出たよ」

 生々しい声だった。
 炊飯器を見つけられなかったら、毎朝夜の分までご飯を炊いていたことを思い出せなかったと思う。ほんの些細な出来事なのかもしれない。けどそれが本人にとって、どれだけ大切な記憶の財産か。
「なにか気づいたことはありますか?」
 学芸員が声をかけてくれた。気に留めてくれたことが嬉しくて、わたしは頷いた。
「この葉書って、実際録音したものなんですか? ボイスレコーダーかなにかで……」
「それがですね」
 学芸員は苦い顔を浮かべた。
「一見すると肉声を聞き書きしたように思えるかもしれませんが、そうではないんです。様々な被災者とお話をして得た物語をベースにした、創作です」
 創作なんだ……。
 ちょっと拍子抜けというか、意外というか。
 創作を展示することは、博物館学にも展示学的に考えてもタブーらしい。それを自覚しながら、あえて禁忌を犯した。そうする必要性があったと、そう話した。
 学芸員は他の学芸員に声を掛けられ、この場をあとにした。改めて錆びとヘドロのこびりついた炊飯器を眺めてみる。
 よく見ると二〇年とか三〇年くらい前の、シンプルな形の釜をしている。タイマーの部分なんてアナログ式だ。正直わたしには扱えない代物だけど、それがここにあるということは、棄てられずにあの日まで使われつづけたということだ。ずいぶん大きい。八合とか一〇合とか、そのくらい炊けてしまえそうだ。
 そんなたくさん炊く必要があるのだろうか。子供は自立して家を出てしまっているんじゃないかな。あるいは二世帯三世帯のうちなのかもしれないけど。
「いい加減新しくしましょうよ」
「ほでねえごと言って、炊げんしょ」
 そんな嫁姑のバトルがあったのかもしれない。そんな姑がヘドロだらけのこの子を見つけ出せたとしたら、それはそれで涙が出たんじゃないかと思う。あるいは、嫁が姑を捜索中に、これを見つけたとしたら。
 創作という言葉が、肉薄してきた。


偶像でも偽物でもなく
イリエの2巻はメシテロ小説です。
油断してはいけません。お腹を空かせたときに読むと、お腹がさらに空くので大変です。金港館のお弁当、キッチンスペース夢の舎の気仙沼ランチ、復興屋台村のまかない丼。気仙沼篇だけど3度も食事シーンがでてきます。「東北の食」と書くといささか大げさかも知れませんが、食事もイリエの大きなテーマのひとつになっているのでしょう。そのくらい彼女たちはよく食べます。美味しい食事は旅の醍醐味とも言えますし、食事のシーンも大きな魅力になっています。

食事から離れますが、イリエ2巻の象徴ともいえるのが有名な奇跡の一本松です。作中で奇跡の一本松がモニュメントであることが明かされます。わたしもイリエを読むまですっかり忘れていたのですが、奇跡の一本松は枯れてしまい、今あるものはモニュメントなのです。
依利江と三つ葉はその事実を知りながら、とあることがきっかけになり、奇跡の一本松をモニュメントでもレプリカでもないと感じます。

『イリエの情景』という作品は、今田ずんばあらずさんの体験、取材を依利江のフィルターを通して物語として再構築されたものです。事実性は高いのですが、あくまでフィクションになります。もっと言えば、依利江たちが見た景色は、実際の東北の景色とは限りません。それは1巻の自由の女神像が、実際には2016年にはなくなっていたように、描かれているものが正しいとは言えないのです。フィクション──作り物の旅行記という意味で、イリエの情景という作品はモニュメントやレプリカなのかもしれません。
イリエの2巻では依利江は「親友」と向き合うことになります。東北の旅で芽生えた依利江の思いは、彼女の気持ちを知った読者の思いは、フィクションだからといって偽物になるのでしょうか。被災地青春ロードムービーと銘打った物語の「青春」にスポットを当てた2巻では、作者の今田ずんばあらずさんは、おそらく偶像でも偽物でもないものを描こうとしているのでしょう。読んだ人の心にずっと残るものを書こうとしているのだと思います。
その思いが伝わってくる力作です。
推薦者ひじりあや