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『イリエの情景』は作者である今田ずんばあらずさんの体験に基づいた旅小説です。 「被災地さんぽめぐり」と副題があり、作者自身が被災地青春ロードムービーと銘打っているので作品の中心に東日本大震災があるのは間違いないですが、実はそこまで震災に重点が置かれているわけではありません。 その証拠に、1巻のメインの街である石巻篇では震災瓦礫についてはまったく触れられず、震災当時、新聞が印刷できずに各地に手書きの壁新聞を貼りだしていた石巻日日新聞のエピソードなどにも触れられていません。 おそらくそれは、震災そのものを語るのは別の作品に委ね、『イリエの情景』はもっと別の物を描きたいという意図があったからでしょう。この物語は、今田ずんばあらずさんが東北で見たものを、依利江という女性のフィルターを通して描かれています。 その結果、「」(かぎかっこ)という名前の和カフェでお茶を飲んだり、マンガロードでサイボーグ009について熱く語ったりしている。「『ジョー! きみはどこにおちたい?』知らない?」なんて。東北の街を訪れた女性ふたりの青春を描いているのです。 だから震災の物語と身構えず、多くのひとに気軽に読んでもらいたい作品です。 | ||
タイトル | イリエの情景 〜被災地さんぽめぐり〜1 | |
著者 | 今田ずんばあらず 小宇治衒吾 | |
価格 | 1000円 | |
ジャンル | 大衆小説 | |
詳細 | 書籍情報 |
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作者である斜芭萌葱さんが撮りためていた写真と、書きためていた短歌から選りすぐりものをまとめた、写真集であり歌集である一冊。 窓枠列車という名前の通り、列車の窓枠から映る代わり映えのない景色や日常、けれど少しずつ移りゆく季節を切り取った写真や歌が多いように感じます。 変に飾らずまっすぐな言葉たちは、普段なにげなく暮らしているわたしたちにも共感できる部分が多くあり、作者である萌葱さんの魅力もよく表しています。 特に夏の終わりから秋にかけての歌が好きで、あまぶんの季節にもちょうど重なるので、ぜひ読んで頂きたいです。とても可愛らしい歌ですから。 写真もとても美しいものが多く、特に空の写真が魅力的なのですが、言葉で伝えるのが難しいので、是非実物を見てください。 | ||
タイトル | 窓枠列車 | |
著者 | 斜芭萌葱 | |
価格 | 900円 | |
ジャンル | 詩歌 | |
詳細 | 書籍情報 |
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イリエの2巻はメシテロ小説です。 油断してはいけません。お腹を空かせたときに読むと、お腹がさらに空くので大変です。金港館のお弁当、キッチンスペース夢の舎の気仙沼ランチ、復興屋台村のまかない丼。気仙沼篇だけど3度も食事シーンがでてきます。「東北の食」と書くといささか大げさかも知れませんが、食事もイリエの大きなテーマのひとつになっているのでしょう。そのくらい彼女たちはよく食べます。美味しい食事は旅の醍醐味とも言えますし、食事のシーンも大きな魅力になっています。 食事から離れますが、イリエ2巻の象徴ともいえるのが有名な奇跡の一本松です。作中で奇跡の一本松がモニュメントであることが明かされます。わたしもイリエを読むまですっかり忘れていたのですが、奇跡の一本松は枯れてしまい、今あるものはモニュメントなのです。 依利江と三つ葉はその事実を知りながら、とあることがきっかけになり、奇跡の一本松をモニュメントでもレプリカでもないと感じます。 『イリエの情景』という作品は、今田ずんばあらずさんの体験、取材を依利江のフィルターを通して物語として再構築されたものです。事実性は高いのですが、あくまでフィクションになります。もっと言えば、依利江たちが見た景色は、実際の東北の景色とは限りません。それは1巻の自由の女神像が、実際には2016年にはなくなっていたように、描かれているものが正しいとは言えないのです。フィクション──作り物の旅行記という意味で、イリエの情景という作品はモニュメントやレプリカなのかもしれません。 イリエの2巻では依利江は「親友」と向き合うことになります。東北の旅で芽生えた依利江の思いは、彼女の気持ちを知った読者の思いは、フィクションだからといって偽物になるのでしょうか。被災地青春ロードムービーと銘打った物語の「青春」にスポットを当てた2巻では、作者の今田ずんばあらずさんは、おそらく偶像でも偽物でもないものを描こうとしているのでしょう。読んだ人の心にずっと残るものを書こうとしているのだと思います。 その思いが伝わってくる力作です。 | ||
タイトル | イリエの情景 〜被災地さんぽめぐり〜2 | |
著者 | 今田ずんばあらず | |
価格 | 1300円 | |
ジャンル | 大衆小説 | |
詳細 | 書籍情報 |
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ツイノベ、Twitter小説をまとめた一冊です。 作者の良崎歓さんは自他ともに認める虫好きで、タイトル通り虫愛に溢れた一冊になっています。登場人物は虫が好きな彼と、数少ない彼の理解者であり恋人である彼女。描かれているのは基本的に3つ。虫が好き、彼女が好き、彼が好き。140字の制限では、他の要素を盛り込むのは難しいのでしょう。本当にこの3つの好きだけが書かれているのです。 140字だけだと物足りないのではないか、と思うひともきっといるでしょう。 しかし、物足りないなんてことはありません。純度100パーセントの好きがずっと続いているのです。好きだけが詰まった超短編が100以上あるのです。あまりに純度の高い好きがぎゅっと詰まっていたため、読み終えてからわたしは軽く酔ってしまいましたし、ここまで好きが詰まっている本は他に知りません。不純物のない好きだけの一冊です。 | ||
タイトル | 虫めづる | |
著者 | 良崎歓 | |
価格 | 400円 | |
ジャンル | 掌編 | |
詳細 | 書籍情報 |
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ローカル食アンソロジー東北編とあるように、東北6県のローカル食の物語を集めたアンソロジーです。 と書くと面白みもない紹介になってしまうのですが、ローカル食以外におそらく隠しテーマがあって、それが「母の味」、もしくは「家庭の味」です。 東北6県出身の作者さんたちが、それぞれの県のローカル食にどう向き合うのか、そのアプローチの違いを楽しむのがこの本の面白さだと思いますが、「母」とどう向き合うのか、「家庭」とどう向き合うのか、そこもまた面白さのポイントになっています。 テーマがテーマであるが故に、恋人や母とふれあうまっすぐな作品が多いのですが、変化球を投げている作者さんがいます。 青森県の蒼狗さんの作品もまっすぐのようで突然変化する面白い作品だったのですが、秋田県の良崎歓さんの作品がかなり大きな変化球になっています。「母の味」、「家庭の味」をテーマに少し奇妙な恋愛小説を描いているのです。良い意味で特殊な作品です。 良崎歓さんの作品がアクセントとなって、アンソロジーとしてはバランスよくまとまった一冊になっています。知らない東北のローカル食を楽しむのもよし、まだ見ぬ母の味を懐かしむのもよし、お腹を空かせて読むべき一冊です。 | ||
タイトル | 六花〜ローカル食アンソロジー東北編〜 | |
著者 | 砂原藍 他五名 | |
価格 | 600円 | |
ジャンル | 掌編 | |
詳細 | 書籍情報 |