出店者名 尼崎セレクト
タイトル エフェメラのさかな
著者 凪野基
価格 400円
ジャンル ファンタジー
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紹介文
海と人魚をテーマにした、SF・ファンタジー短編集。
ジャンル、作風ともに様々で、初めての方にもおすすめです。

鬼の若者と人魚の姫の視線の交差を描く和風奇譚「白露」「海神の炎」、
船乗りと宇宙船AI、彼らを見送る管制官のコメディタッチSF「宙の渚のローレライ」、
エネルギー王の娘と機械仕掛けの人魚のアラブ百合「エフェメラのさかな」、
喪服の画家と海辺の町で育った少女が見る海「ウルトラマリン」、
人魚の呪詛と憎悪によって生まれたふたご「スオラ」

隔たって生きるふたりを描く六編を収載。

 その部屋は、海だ。
 決して広くはない客間に無雑作に置かれているカンバス、そのどれもに描かれた海は、窓の向こうに広がる海とは違って、深く、青く、暗い。
 イーゼルを睨むマズルカは、色の褪せた黒いシャツと黒いズボンに身を包み、死地に赴く戦士の佇まいで、絵の具を塗り広げてゆく。
 パレットに置かれた多種多様の青、緑、灰、黒、そして禍々しい赤。交易の船が行き来する穏やかな海を傍らに、マズルカは光も射さぬ深い海を描く。静寂と混沌、暗闇に蠢くいのちを描く。
 無残なほど短く切られた黒髪が揺れ、見えない海を見通す眼は鮮やかに青く輝き、こけた頬が戦いの興奮と疲労に上気する。精根尽き果てて筆を置くまで、マズルカは水も飲まず食べ物も摂らない。昼も夜もなく、海に立ち向かう。たった独りで。
 飲み込まれまい、溺れまい。覚悟と矜持を乗せ、カンバスが毅然と色づく。重なる。
 ティアニーは黙って戦いを見守る。邪魔にならぬよう、無粋をせぬよう。口をつぐみ、呼吸を止めて。
「海が嫌い?」
 黒を纏う細い背中に尋ねる。パレットと筆を投げ出し、マズルカは青白い膚はだを引きつらせて笑った。
「どうしてそう思うの」
 だって。想いはうまく言葉にならない。こんな感じ、そんな感じ、あんな感じ。捕まえようと手を伸ばせばするりと逃げて、残るのは的外れの輪郭ばかり。それもほどなく滲み、何を感じたか、何を思ったかすら思い出せない。
「言葉って、不便」
「そうね」
 マズルカはティアニーの作ったサンドイッチとスープをきっかり半分だけ食べて、窓を開けた。異国のものだという紙巻煙草に火をつければ、頭の奥を痺れさせる甘く気だるい香りが薄く漂う。遠い街の情緒を想起させる煙は、すぐに海風に攫われていった。
「だからマズルカは絵を描くの?」
「そうかもね」
 マズルカはこちらを見ない。ぞっとするほど青い眼は、一度だけ見せてもらった、もっとも青いといわれる「青の中の青」と名付けられた絵の具よりもなお青い。視線はゆるく弧を描く水平線のどこか、あるいはさらに先を見つめている。

「ウルトラマリン」より抜粋


お試しにオススメながら、あなたがえちぃかどうかバレる可能性が
テキレボアンソロで興味をひかれたお話の本体は
艶っぽいなんてものじゃなかった……壮絶だった……。
鬼と人魚姫の両者から語られる同じ「時間」。
人魚姫の方により感情移入して読めたけど、鬼の気持ちも納得感がある。
確固とした生々しさがあって、登場人物が生きている。
呪い師の物語が気になる……と読み進めて、えっ、もしかしてこの人って(ry)。

「宙の渚のローレライ」は私のアレとちょっとネタが近い気がした。
ヒロインは読めたけど主人公には驚いた。
その××要素は、現代日本では感動と共に語られることが多いのだけど、
私も少しその××要素を持っていて、
世の中での語られ方にもにょもにょしていたので
こういう「そういう要素はあるけどそれだけ」の人達の物語として描かれていたのが嬉しかった。

表題作は、キャッ(赤面)
いや普段からジェンダーがどうのという話をしがちな私には一番刺さったお話でございました。
これは百合なのかしら?(ジャンル定義に疎い私)(作者さんから百合ですとお答えいただきました)
ままならなさを、その能力で切り開いていく女性主人公は大好きです!!!!
推薦者氷砂糖

隔たって生きる私たち、を繋ぐもの
陸と海。生きる場所が異なる「ふたり」は対岸で見つめ合う。
生きる場所が、守るべきものがそれぞれに違う。それでも時に欲するものは重なりあう。

長編ファンタジーを多数手がけられる凪野さんの手腕は短編でも遺憾無く発揮されているな、と感じる本作。
「世界の成り立ち」、そこで生きる人々の暮らしぶり、価値観や倫理観のあり方を紐解くように描き出していく描写には揺らぎがない。
重なり合わない視線、行き交う愛憎、まとわりつくような潮の匂い。
「人魚」をテーマに据えた本作はどれも手触りは違えど、様々な角度から人々の欲望と愛情、その間で感じる引き裂かれるような強い情念、息苦しいほどの艶かしさを浮かび上がらせる。
交わし合う言葉やまなざしは対岸で見つめ合う私たちを縛り付け合う呪いにもなり、祈りにもなる。

「陸に上がった人魚姫の末路」を鬼の大将との関係性を交えて描き出す和風ファンタジーから幕を開け、物語は自在にいくつもの世界を行き来する。
かわされる愛の言葉は心からの思いでありながらどこか虚しく上滑りし、追い求め合う悦びは高みへと誘いながら、互いを深く暗い水底へと沈めていく。
隔たって生きるものたちのどこか醒めた視線が交わされ合う中、様々な隔たりを超えて寄り添い合う「宙の渚のローレライ」は清涼剤のよう。(本作での「人魚」モチーフの思わぬ形での昇華は見所)
破滅を導くための存在として産み落とされた「魂の双子」が、それぞれのいるべき場所で共にこの世界を護り、生き続けることを誓い合う「スオラ」で物語は幕を下ろし、人魚たちは輝く尾びれをしならせるようにしてたちまちに私たちの視界から波の中に消えていく。
とり残された私たちへ、かすかな潮の香りとまぶたの裏に感じる煌めきは静かな波紋を落とす。
推薦者高梨來