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机に立てた腕時計が十九時半を少しまわったのを見て、僕はシャーペンを置いて細長い息をついた。背もたれに倒れ込むように背中を当てると、椅子の前足が一瞬宙に浮いて体が揺れた。体が後ろに動いたことで、三方に仕切りがついた机の上から視界が少し広がる。見回してみる。もっと人が居たはずだった。隣の隣に座っていた奴がいつ席を立ったのかを思い出せない。それだけ勉強に集中していたということにしよう。 |
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『ミニチュアガーデン・イン・ブルー』『夏火』の続きであり最後。 最初の『ミニチュアガーデン・イン・ブルー』の雰囲気はほとんど残っていない。『夏火』の、現実が押し寄せてきた感覚が、そのまま、より明確になって、痛みとして迫ってくる。 高校3年生 進路 受験 別れ 記憶の扉をすり抜けて入り込んでくるキーワード。 こんなことが自分にもあった、そんな風に思い浮かべる前に、涙が落ちてくる。 『ミニチュアガーデン・イン・ブルー』が過去の物語で、『夏火』が成長の物語だったとするなら、『はばたく魚と海の果て』は未来へ向かう物語だ。 未来へ向かうために、痛みに耐える物語。 『夏火』の苦しさは、何に向かうのか、どこへ向かうのかわからない苦しさだったように思う。 『はばたく魚と海の果て』は、先が見えている。受験という、そして、別れという、確かな未来へ向かって、その未来へ向かうために痛みに耐えている。 詰め込まれていく毎日。1日、1時間、1分1秒、なくなっていく時間に、削り取られていく。 渦中の人間も、それを見守る人間も、痛い。 そうして、耐えて耐えて耐え切った先にあるものは、なんだろう。 慣れ親しんだ箱庭から解放されて、どこへ行くのだろう。 ここまで、『はばたく魚と海の果て』を最後まで読み終えて、三部作『blue』について思った。 高校生の少年たち。 高校生を終えて大人になった親たち。 高校生を終えることなく海に消えた少女。 高校生は、子どもから大人へと向かう時期、大人になりたい時期、子どもでいられなくなる時期。 『blue』のことを考えると、どうしても涙腺が緩む。この感想文を書きながら、何回泣いたかしれない。 私の高校生は、どう転んでも間違ってもこんな青春っぽい青春ではなかったので共感などとは痴がましくていえない。 それでも、痛みがある。刺すような痛みだったり、柔らかい痛みだったり、鈍痛だったり。それは物語がどうのこうのではなくて、その中に散りばめられた感情が、記憶を刺激するのだと思う。 そういう、作家なのだ。 だから、たくさんの人に、読んで欲しいと思う。 読んだ人の人生の中に、痛みがあったことを知ってほしい。 そして、その痛みを、許されてほしい。 | ||
推薦者 | なな |
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「ブルー三部作」第三作、即ち完結編。 第一作は大衆小説寄りだったが、第三作は純文学寄りだと思う。 それとは関係なく、三部作の中でこれが一番好き。 智尋と陸と椎名と、二部で登場した昴が 高校三年生を過ごす物語。 高校三年生、即ち、将来を選び取る時期だ。 四人の男子高校生たちは、それぞれが等身大の悩みを抱え、 僕たちがそうしてきたようにそれぞれの進路を選んでいく。 僕たちがそうしてきたように――? 三部作の中で、一番手の届くところにある物語だと思う。 僕たちも、高校三年生だった。 今振り返れば、あの頃悩んでいたことなんてちっぽけなのかもしれない。 でもあの時は、それが全てだった。 いま高校生である人に、この物語を読んでほしいと思う。 智尋に、陸に、椎名に、昴に、重ねて読んでほしいと思う。 それと同じくらいの強さで、あの頃高校生だった人に、 この物語を読んでほしいと思う。 進路を選び取るその岐路で振り返り、死にゆく家族に「生きてよ」と言える 陸のどうしようもない強さを、感じてほしいと思う。 ブルー三部作は、智尋と陸が愛し合うBLだ。 完結編の最後、二人は美しい風景の中に消える。 でも陸を一番愛していたのは、父である明貴さんなんじゃないか。 物語の中で一番弱くだらしない明貴さんが大好きだ。 生と死と、自分と世界と、愛し合うことと、 高校三年間を通して描き切ったブルー三部作。 読み終えたときに美しい三つの表紙を見返し、 ただ思うのは、「物語は終わらない」ということ。 僕たちは智尋や、陸や、椎名や、昴と同じように、生きていく。 明貴さんのように、人を愛していく。 | ||
推薦者 | にゃんしー |
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ブルー三部作とは 『ミニチュアガーデン・イン・ブルー』 『夏火』 『はばたく魚と海の果て』 の三冊で構成されるシリーズである。 男子高校生三人の、高校入学から卒業までが描かれた、純文学でジュブナイルでBLなお話。 そうやってカテゴライズしたけれども、そんな三言くらいでは表現できないのがこのブルー三部作だ。 海のある、狭い町での話で、世界は極めて狭い。 高校時代なんてそんなものだし、当たり前に思うかもしれない。 けれど、この物語はスノードームのように閉ざされた空間に粘度のある液体でどこにも気泡なんてないほどの密度がある。 本当は、逃げ場なんて探せばいくらでもあるのに、それを許さない。 どうにもならないことは、往々にしてあって。 分かってはいるけれど、涙を止められない。 ああ、もう、なんで? と無意味なことを思うこともある。 今まで読んできたものは、本当に物語でしかなかったのではないかとすら思った。 それが悪いわけでは断じてない。読み手は、それを求めているのだから。 だから、そう、リアルな理不尽さは、物語の甘さをすべて排除する。 ただ、凄惨なまでに青くて綺麗だ。 ジュブナイルにして「死」と「生きること」がどんなことか、刺すような痛みで見せてくる。 BLはこのテーマの中でおまけのようなものかもしれない。 けれども、なくてはならないものであるのも確かで「好き」という言葉に支えられている。そして、耽美的に綺麗でもある。 とにかく海の青のように綺麗としか、私の貧相な語彙力では言い表せないのが無念である。 ただただずっと、海の深いところを歩いているような暗さが続くような物語だけれども、 いつの間にか、その冷たい海に引きずり込まれるように飲み込まれて、夢中で地上を探している、そんな感覚を覚える。 地上を見つけて水面に顔を出した時のような最後は清々しい。 物語に終わりなんてない。地上を見つけても、そこからまた歩き出す。 そんな、新しく扉が開くような、最後を是非見てもらいたい。 きっと、青ではない表紙を改めて見つめることだろうと思う。 | ||
推薦者 | 真乃晴花 |