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幼児虐待とそれに伴う症状、アセクシャルと扱っているテーマは重たいけれど、読ませる文章だったので最後まで一気に読んだ。 人の数だけ愛の形や家族の形があっていいけれど、それは誰かを傷つけるものではなくて、包み込むものであることが前提だな、と思った。 傷つけられていたことに気づかなかったから、人を傷つけていたことにも気づけなかった、なあの抱えるものは重たい。なあにとってはまっすぐの、でも傍から見たら歪んでいる愛情をぶつけられてもなお、なあを最終的には一人にできなかったまお、彼女がそこまで身を挺するのは家族としてやはり好きだから、小さい時からなあを見ていたから、手を離せなかったのだろう。まおがなあの手を離せないでいる様子は見ていて辛くもあり、そこまで頑張らなくてもいいよ、と言いたくなるほど。加えて彼女は恋愛をしないというなかなか理解されない形で愛を持っている。 2人とも世間一般の「普通」からは違うものを抱えていて、痛みと苦しみを引き受けて乗り越えようとする姿が印象的だった。 まおとなあがたどり着いた形はひとつの答えだと思う。そして、近くにいる「家族」としての繋がりをまおとの間に持てるまでに、なあがなったことが読んでいてうれしかった。 | ||
タイトル | 淅瀝の森で君を愛す | |
著者 | まるた曜子 | |
価格 | 500円 | |
ジャンル | 大衆小説 | |
詳細 | 書籍情報 |
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さあさあと静かに絶望が降る中で、見えているわずかな明かりに向かって手を伸ばすような印象を持った。登場人物たちは、その明かりを掴めたのだと信じたい。 閉じられた方舟の中で与えられた役割を懸命に果たすこどもと、こどもを「つかう」おとなの境目はどこだろう。おとなにもこどもの心を持った人もいれば、おとなともこどもともつかない曖昧で微妙なバランスの上に生きる人もいる。そのあいまいな境目で区別されて、羽人の場合は飛べるか飛べないかという点で分けられて、こどもはおとなにつかわれてしまう。おとなも方舟の中枢によってやはりつかわれている。 世界の不条理が描かれる中で、こどもたち同士の絆が光に感じられた。主人公たちがこどもとして役割を果たす中で、どこまで生きれば、何をしたら許されるのか、という問いを抱えながら、ただ「生きる」ことを希求し掴み取るまでの物語だと思う。 | ||
タイトル | 羽人物語 | |
著者 | 咲祈 | |
価格 | 900円 | |
ジャンル | ファンタジー | |
詳細 | 書籍情報 |
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少年の一人称による語り口が絶妙で、読み始めたら止まらない。オカワダさんの文章は、読みやすくてしかも味がある。今回は性が関わるお話だけど、いやらしくなく、妙に潔癖や説教くさいという感じもなく、本当に少年が話しているよう。 ひと夏の性と生の物語で、青葉とめぐ(叔父さん)は一緒に過ごすなかで、それぞれの生きることを掴んだのかなぁと思った。ドーナツの内側は閉ざされているようで広くて、そこでは何があってもおかしくない。おかしくないから、いろいろ出会うし、いろいろ起こる。いろいろを積み重ねて青葉は母親や学校という世界でまた生きていくし、めぐは一度離れたバレエにまた関わりをもてるようになったのではないか。 人はそれぞれ水ギョーザあるいは蛹の側面がある。 | ||
タイトル | 水ギョーザとの交接 | |
著者 | オカワダアキナ | |
価格 | 400円 | |
ジャンル | 大衆小説 | |
詳細 | 書籍情報 |